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青空夏影 面影は渓流に溶け入りて

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 本当の名前、大切な人のことを。
「俺でよければ」
 俺は答えた。
 彼女に居場所がないというのであれば、俺は彼女の居場所になろう。
 誰にも知られずに、名前を呼ばれずにいる、藍という女の子の居場所に。
 彼女は、ポケットから何かを取り出した。
 それは小瓶だった。
 小瓶の中には白い砂と、虹色に光る貝殻が入れられていた。
 星の砂、というやつだろうか。
 彼女はそれを俺の前に掲げて見せてくれた。
「アヤメよ」
 それを聞いて俺は驚いた。
 俺が星の砂と思っていたそれは、『アヤメ』の遺骨だったのだ。
 彼女はおもむろにビンの蓋を開けると、それをいとおしげに手にとった。
 そして、ゆっくりと、何回にも分けて、渓流へと撒いた。
 白い粉は、渓流の流れに溶け入って、海の方角へと流れていった。
 それを見つめながら、彼女は呟くように言った。
「アヤメ、藍ならもう大丈夫。私は今、幸せよ」
 これは俺達のひそやかな秘密だ。
 そして、ここから始まる、二人の夏の思い出だった。


 終、青空夏影


 海へと戻る間、俺達はいろいろな話をした。
 アヤメちゃんは色んなことを話してくれた。
 カブトムシの取り方とか、虫の集まる木の見分け方だとか。
 あと、夏結や飛鳥ちゃんは覚えていないかもしれないが、この町に住んでいた時、一度、アヤメちゃんは彼女達と遊んだことがあったそうだ。
 閉鎖がされたのはその時で、それ以来、彼女達は会うことができなかった。
 彼女達に言ったらどうかと提案したが、彼女は今のままでいいと言った。
 それが彼女の意思なら俺は尊重しよう。
 小さな港町へと戻った俺達は、四人と合流した。
「今度は私達が着いて行く番だね」
 夏結がそう言ったので、俺は驚いた。
 飛鳥ちゃんも笑顔で頷いている。
 俺達が着く前にはそういう話になっていたらしい。
「お互いの町を訪ねるのって、なんだかワクワクしますね」
 飛鳥ちゃんは電話で既にご両親と話をつけたそうだ。
「夏祭りはにぎやかになりそうだね」と美沙ちゃん。
「よーし、今年の夏は最後まで遊びまくるぞ!」
 サツキは今からハイテンションだ。
「それなら、さっそく行く準備をしましょうか」
 と、アヤメちゃんが率先して言った。
 それにはみんなも驚いた。
 アヤメちゃんは構わずに先に歩いていった。
 その口元は、どこか微笑んでいるようにも見えた。
「アヤメちゃん、なんだか明るくなってない?」
「いいことだよ」
 サツキの疑問に美沙ちゃんがフォローしてくれた。
 俺達の夏休みはまだ終わらない。
 見上げた空には、果てしない蒼がどこまでも広がっていた。
 今年の夏はまだまだ暑くなりそうだ。