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ステファニー・キーツの死(後編)

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「遺書?遺書があったのか!?」
 クルーズ刑事の驚きの言葉に、シンシアは首を縦に振る。
「ええ、両親宛と私宛の二通ね。両親宛のほうには何も書いてはいなかったけれど、私にだけはあの子は全てを教えてくれた。こいつらがしたこと全てがね!私はこいつらに復讐してやった!アレイシアのために!!」
「アレイシアさんのためですか……」
 カフカ神父は頭を軽く左右に振った。
「仕方がありません。この方法はあまり選択したくはなかったのですが……」
 カフカ神父は両方の手を胸の前で合わせた。
 目を閉じ、神に対する祈りの言葉を唇から紡ぎ出す。
 柔らかな風が起こった。
 カフカ神父の艶やかな黒髪が舞い上がり、クルーズ刑事の髪をひとつに結わえていた紐が解ける。
「―――!?」
 オリビアの両目が大きく見開かれた。
「そ、そんな……!」
 シンシアが呆然とする。
 クルーズ刑事だけが何が起こったのか判らず、風で乱れないように長く伸びた髪を押さえつけながら、呆けている。
「おい、カフカ、お前、何をしたんだ?」
「―――視えない、のですか?」
 驚きの色を浮かべたような目で、クルーズ刑事を見つめる。
「何か知らねぇが、視えねぇから聞いてるんだろうがっ」
 噛み付くように答が返ってくる。
「アレイシアさんの『霊体』を呼び寄せただけですよ。―――と言うより、来て戴いたと言った方が正しいですが」
「何だ、そうか……って、おい!」
「うるさいですよ。少しの間、黙っていて下さい」
「………」
 冷たくあしらわれて、今にもカフカ神父に掴みかかっていきそうな形相をしたが、クルーズ刑事はそれを必死に抑え込んだ。ここは、カフカ神父に任せるしかない。そう思ったのだ。不本意であるし、アレイシアの『霊体』など彼には全く視えていないから、良い結末になるなどとは到底思えなかったが。
 だが、クルーズ刑事に視えてはおらずとも、シンシアにもオリビアにもアレイシアの姿はしっかりと視えていた。生きていた時と全く何ら変わりのない姿が。
「ア、アレイシア……」
 ゆっくりと、シンシアは立ち上がった。そして、アレイシアに駆け寄っていく。抱き締めようと、両腕を広げた。
 ところが、どうしたことだろうか。生前、あんなにシンシアに抱き締められるのを喜んでいたアレイシアが拒絶の意を示したのだ。顔を背け、シンシアの顔さえ見ようとしない。
「ど、どうしてなの?どうしてなの、アレイシア……?」
「………」
 シンシアの目から大粒の涙が零れ落ちる。
 それは、アレイシアの目からも同様だった。
 その涙を見て、シンシアは悟った。自分のやったことは間違っていたんだということを。アレイシアは全く復讐など望んでいなかったんだということを。
「わ、私…間違っていたのね……」
「………」
 アレイシアの顔がシンシアの方に向けられる。
「わ、私、悪い姉ね。妹の気持を判っているつもりだった。復讐を望んでいるんだと思ってた。そうよね、アレイシアは優しい子だもの。復讐なんて望んでいるわけがないわよね。よく考えれば判ることなのに、アレイシアが自殺したことがあまりにショックで……」
 アレイシアがシンシアに抱きついた。肉体の感触を感じることは不可能だったが、生きていた時と同じ温かさ、体温は感じられた。
「アレイシア……」
「アレイシアさんは少しも貴方のことを、悪い姉だなどとは思っていませんよ。それどころか、感謝させしていますよ」
「ほ、本当?本当なの?」
 アレイシアは頷く。
 シンシアの涙混じりの笑顔が光る。
「良かった。良かった……」
 泣きながら嬉しそうに笑うシンシアの肩を、ポン、とクルーズ刑事が叩いた。
「もういいだろう?」
 シンシアは頷く。
 名残惜しげにではあったが、アレイシアの『霊体』の側から離れた。
「おい、バーカス!お前もいつまでも隠れてないで、出て来い!」
「はい、はい」
 暗闇の中からいかにも重たそうな身体が現れ出てきた。カフカ神父と一緒にオリビアの家の周りで見張っていたのだが、出るタイミングを測れなかったらしい。太目の身体を窮屈な所に押し込めていたせいもあってか、出てこれることの出来たバーカス刑事は、心なしか嬉しそうに見えた。
 その頭を、強くクルーズ刑事が殴りつける。
「な、何するんですか、先輩!痛いじゃないですか!」
「お前が、ヘラヘラ笑ってるのがいけねぇんだろうが!」
「ええ!笑ってなんかいませんよ!」
「減らず口叩いてねぇで、早いとこ、この子を連れて行け!」
「はい、はい」
 バーカス刑事はこれ以上クルーズ刑事に怒鳴りつけられるのが嫌で、シンシアの肩をそっと抱くと、手錠を嵌めることはせずに早々にこの場から立ち去った。
 離れる際、シンシアはカフカ神父に一礼した。
 それに対し、カフカ神父は笑みで答える。
 その時の笑みを、シンシアは一生忘れることはないだろう。このときに見せてくれた笑みほど、素晴らしいものをシンシアは今まで生きてきた中で1度も見たことがなかったから。
 その後頭部を、バコッ、と叩きつける音が聞こえた。
 カフカ神父が痛そうに顔を顰める。先ほどのバーカス刑事と同じように、クルーズ刑事に殴られたのだ。嫌われている分、カフカ神父への力の方が若干強かった。
「な、何をなさるんですか、貴方は!」
「お前も、ヘラヘラ笑っていやがるからだよ」
「………」
 複雑な表情で、カフカ神父はクルーズ刑事を見やる。そんなカフカ神父に対し、クルーズ刑事は背を向けた。
「なぁ、カフカ、俺さあ……」
 何事かを言おうとしたが、カフカ神父の視線は既にクルーズ刑事から離れ、アレイシアに向かって微笑んでいた。
 アレイシアの目からも既に涙は消え、柔らかな笑みだけが浮かんでいる。
「良かったですね。貴方の気持がお姉さんにきちんと伝わって」
 カフカ神父の暖かな言葉に、アレイシアはこくりと首を振る。
「さて、では、そろそろ……」
 カフカ神父は手を差し出した。その手に、アレイシアが自分の手を触れさせる。
「ま、待って!」
 オリビアが突然2人の間に割り込んできた。そのせいで、せっかく出した手をアレイシアは引っ込めざるを得なかった。
「アレイシアに謝らせて!わ、私、このままじゃ……」
 カフカ神父は目で問いかけた。
 しかし、アレイシアは首を横に振った。その必要は全くない、と。
 オリビアは俯いてしまう。
「そう。そうよね。私を許してはくれないのね。いいえ、許してくれるわけがないのよね。あんなに、酷いことをしたんですもの……」
「そうではありませんよ。アレイシアさんは始めたから貴方を許してくれています。貴方は彼女にとっては、今でも大切な友だちなのですよ」
「そ、そうなの、アレイシア?」
 アレイシアはにっこりと微笑みながら、頷く。
「ア、アレイシア!!」
 オリビアはアレイシアに思わず抱きついていた。
 アレイシアの手がそっと背中に回される。
 その2人を暖かく照らす光が夜空の向こう側から降り注いでくる。
「ああ、お迎えがきたようですよ」
 光を視たカフカ神父が小さく呟いた。
 眩しそうに、オリビアは目を閉じる。