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ステファニー・キーツの死(後編)

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 その瞬間、アレイシアの温もりが徐々に消えていくのをはっきりとオリビアは感じた。
「アレイシア!」
 オリビアは叫んだ。手を伸ばし、アレイシアの身体を掴もうとする。しかし、手は身体を擦り抜け、宙に漂った。
「アレイシア!」
 再び、オリビアが叫んだ。
 まるで、太陽の直射日光をそのまま浴びたような強烈な光が、その場にいた4人の身体を包み込んだ。
<神父様、どうも有難う…>
 まるで小鳥が囀るような美しい響きの声を、カフカ神父は聞いたような気がした。



「おい、さっきのあの光、あれ何だったんだ?」
 まだ眩しそうに目をしょぼつかせながら、クルーズ刑事が尋ねてきた。
 教会への帰り道のことである。珍しくクルーズ刑事が送ってやると言ってきたので、カフカ神父はその好意―――かどうかは判らないが―――に甘えているというわけだ。
 クルーズ刑事の問いかけに、カフカ神父は首を軽く傾げる。
「おや、貴方にもあの光が見えたのですか」
「何だよ、悪いのか?」
「いいえ、そういうわけではありませんが」
 いかにも意味ありげに、カフカ神父は微笑む。
「何だよ。気持悪い奴だな」
 ブルリと肩を震わせたクルーズ刑事の歩みが速まった。それに反して、カフカ神父の速度は緩む。
「クルーズ刑事」
 見かけよりもずっと広いクルーズ刑事の背中に向かって、カフカ神父が呼びかける。
 クルーズ刑事は顔だけで振り返る。
「シンシアさんは、ステファニーさんだけしか殺していないはずです」
「……?」
 ボブ・サムソンを殺したのは、シンシアさんではないのです」
「そりゃ、そうだろう。あいつは自殺のはずだ」
 検死解剖では事故と自殺と両方の線が考えられるという判断だったが、恋人であったステファニーが殺されたショックによる自殺であると判断されるのが妥当と思われた。
「そう……。自殺なら、いいんですが……」
「お前、そりゃ、どういう……?」
「どういう意味でしょうね?」
 力なさげに、カフカ神父が微笑んだ。
「お前、まさか……!」
 言おうとした言葉をクルーズ刑事は途中で飲み込んだ。
 そんなことあるわけがない、と自分自身で思いついたことを心の内で否定する。が、浮かんだ疑念はいっこうに消えていこうとしない。
「―――お前って、恐い奴だよな」
 思わず突いて出た言葉に、カフカ神父どころか、クルーズ刑事自身も驚いた。
「時々、そう思う時がある……」
「そう……。そう、ですね…。私も自分でそう思う時がありますよ」
「………」
 クルーズ刑事は歩みを止めた。
 それに合わせるかのように、カフカ神父の足の動きも止まる。
 カフカ神父は顔を挙げ、クルーズ刑事の整った顔を真正面から見上げた。
 紅茶色の瞳の奥が何処となく震えているように見えて、クルーズ刑事は戸惑いを感じる。いつも自分をからかって遊ぶ人間と同じ人間の瞳とは到底思えなかった。
「アルフレッド。私を救って、くれませんか?」
「な、何だよ、それ……」
「私は、時々自分で自分を抑えきれない時があるんです。それが、私には恐いんです。私には…。でも、貴方にならばきっと……」
「………」
 クルーズ刑事の切れ長の瞳が大きく見開かれた。
 その瞬間、クスリ、と笑い声が聞こえる。
「……?」
「冗談ですよ、冗談。自分で自分を抑えられない人間が、この世にいるわけないじゃないですか。貴方をからかっただけですよ。今日はまだからかってませんでしたからね」
「お、お前なあ……」
 クルーズ刑事の身体が怒りのためか、ブルブルと震える。いつになく真剣に語るカフカ神父になんとも言い難い、愛情にも近い感情を抱きつつあっただけに、今の言葉は相当クルーズ刑事の逆鱗に触れるのに必要なものが十分に揃った。
「本当に貴方はからかいがいのある方ですね。だから、愛してるのですよ」
「ふざけるんじゃねぇ!この変態クソ神父っ!!」
 クルーズ刑事はまるで犯人でも目にしたかのように、物凄い勢いでカフカ神父に飛びかかった。だが、カフカ神父は軽く横に避けて、クルーズ刑事の突進を難なく交わす。勿論、それくらいのことでクルーズ刑事が諦めるはずもなく、逃げ出したカフカ神父のことを何処までも追いかけ始めた。
 大の大人2人の追いかけごっこは、いつ果てるともなく続けられる。
 それは、ある満月の夜のことだった。