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ステファニー・キーツの死(後編)

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 その次の日から、オリビアにクルーズ刑事の手配した護衛がつけられることになった。







 クルーズ刑事に決められた一週間の期限がやって来た。
 その間、オリビアの周囲では何事も起こる気配すらなかった。毎日いつも通り学校に通うことが出来たし、彼女の趣味であるショッピングや、大好きな歌手のライブに行くことも出来た。その度に刑事たちも彼女の後をついて回ったが、容赦なくあちこち歩き回るので、交代の時間がやってくる時にはほとほと疲れ切った様子でいたらしい。
 そのせいもあってか一週間の期限がやってくるなり、カフカ神父との約束通り、クルーズ刑事はさっさとオリビアから護衛を外してしまった。



 彼女は暗闇の中、じっと目を凝らして、この辺りにしてはやたらと大きな屋敷を見つめていた。いや、睨みつけていたと言った方が正しいだろう。そう、その屋敷に住み暮らしている者は、彼女が大切に大切にしていた妹をしに追い詰めた人間なのだ。憎んでも、憎み足りないほどだ。
 彼女は腕に嵌めている時計を見た。淡い光が文字盤を照らす。時刻はとうに十時を過ぎていた。そろそろあいつの帰宅する時間だ。遊び好きのあいつはこの時間まで外出しているのが専らだ。両親があまり家にいないことをいいことに好き勝手放題なのだ。妹を死に追いやったことに対してだって、罪悪感など全く抱いていないに違いない。だが、彼女は昔から、あいつがそういう奴であることを知っていた。だから、妹にも余り近づいて欲しくはなかった。けれど、心の優しい、悪く言えば人を疑うことの知らない妹は、いつだって『とってもいい人なのだ』と言っては仲良くしていた。しかし、あいつはそんな妹を裏切ったのだ。あいつだけではない。妹と付き合っていたあの男も、妹から男を奪っていったあの女もだ。だから、彼女は成敗してやった。
 そして、今夜はあいつを……。
 本当は、もう少し早い内に決行するつもりでいたのだ。なのにあのおせっかいな神父がしゃしゃり出てきたせいで、刑事の護衛がつけられてしまい、彼女が立てていた計画は大いに狂ってしまった。しかし、今日はもうその刑事もいない。あいつが出かける前に確かめたから、間違いない。今夜こそ一番憎くて憎くてたまらないあいつに、復讐してやれるのだ。
 そう思うと、彼女の心は高鳴った。
 彼女には昔から不可思議な『力』が宿っていた。手を使わずに物体を動かすことが出来たり、数秒間空中に浮かんでいることも出来た。それを、人は超能力と呼ぶ。が、そんな『力』があるのを両親は喜んではくれなかった。彼女を不気味に思い、酷く扱った。親戚や、周囲の人間たちも両親と同様に彼女を扱い、嫌った。
 しかし、妹だけは違っていた。彼女の『力』を羨ましく思ってくれた上、自分が彼女の妹であることを誇らしくさえ思っていてくれていたのだ。その妹が喜んでくれていた『力』を使って、彼女は復讐を実行した。
 だが、今回は違う。
 今回は『力』を使うつもりはなかった。
 自分の手で復讐を完遂させる。
 それこそが、一番憎いあいつへの復讐方法としてはぴったりだろう。
 それに、その方が、きっと、アレイシアも……。
 持ってきていたサバイバルナイフを、彼女は懐で握り締めた。



 時計の針が丁度十時半を示した時だった。
 帰ってきた!
 ずっと待ち続けていたあいつが帰ってきた!
 あいつはパブででも見つけたのか、かなりハンサムな男と一緒だった。あいつの醜い容姿の何処がいいのか、多くの男たちがあいつには近づいてくる。あいつの実家が金持ちなせいかもしれない。その金目当ての男たちによって、彼女の愛する妹は……!!
 更なる怒りが込み上がってきた。
 だが、ナイフを握り締め飛び出そうとして彼女は、思い止まった。今、出てけば、男に姿を見られてしまう。そう思ったからだ。
 彼女はしばらく待った。
 5分も待つ必要はなかった。
 男はすぐに別れを告げ、その場から立ち去って行った。あいつはにこにこと満面に笑みを浮かべて、男を見送っている。妹のこともそうだが、友人が2人も殺されたというのに、あのように笑顔でいれるとは、全くあの女は人間という仮面を被った獣としか言いようがない。
 あいつは男の背中が見えなくなるまで見送っていたかと思うと、クルリ、と回れ右をして、彼女に背中を向けた。
 今だ!
 彼女は飛び出した。
 ナイフの先端をしっかりと目標に向け、飛び出したと同じ勢いであいつ―――オリビアに迫って行く。
 物凄い形相で迫ってくる彼女を見て、オリビアの目が大きく見開かれた。
「死ね!」
 繰り出されるナイフ。
 背中に深々と銀色の刃が突き刺さった。
 ―――そのはずだった。
 オリビアはたくさんの血を流し、醜い顔をいっそう醜くして、死んでしまうはずだった。
 そうならなければいけなかったのだ。
 可哀想なアレイシアのために。
 しかし、彼女のナイフはオリビアの身体に突き刺さる寸前に、腕を強い力で掴まれて、止められてしまった。
 痛いほど腕が捻り上げられ、しっかりと握り締めていたナイフがポトリとアスファルトの路面に落ちる。
 彼女は、自分の腕を捻り上げた人物を見た。
 先ほどオリビアと一緒にいて、帰ったはずのあのハンサムな男。
 これは、彼女を捕らえるための罠だったのだ!
 そう気がついた時、彼女の全身から力が抜けていき、へなへなとその場に腰を落としていった。
「おい、カフカ。捕まえたぞ」
 男が、彼女が出てきた方とは反対側の暗闇に向かって、呼びかけた。
 暗闇の向こうから、彼女も会って、話したこともある、あのおせっかいな神父の姿が現れた。
 成る程、全てこの神父が仕組んだことなのか。それで、全て彼女も納得がいった。
「で、こいつが犯人なのか?」
 男―――クルーズ刑事は自分の手で捕まえておきながらも、まだ信じられないというような表情で彼女を見ている。まだ、あどけない少女と言ってもおかしくはない年齢。信じられないというのも無理からなる話であろう。
 カフカ神父もまた、彼女を見て頷いた。
「ええ、彼女が犯人です。彼女―――シンシア・ロブさんが、ね」
「そうよ!私が犯人よ!私が殺したのよ!だって、妹を―――私の大切なアレイシアをあんな目にあわせたんですもの!殺して当然でしょう!」
 ギッ、と激しい憎しみを込めた眼差しで、オリビアを睨みつける。
「もう少しだったのよ。こいつを殺せば、私の―――私とアレイシアの復讐は終わりだったのに!」
 オリビアの顔が青ざめる。表情の変化から、漸くこの時、自分が犯した罪の重さに気づいたような様子に見えた。
 オリビアの目からボロボロと涙が零れ始める。
「ご、ご、ごめん。わ、私、私……」
「今更謝ってくれなくたっていいわ!例え、謝ったって許してやるもんですか。アレイシアだってあんたみたいな女、許すわけない!きっと、今だって、天国であんたに復讐してやりたいと思っているはずよ」
「それは、どうでしょうか……」
 いっせいにカフカ神父に視線が集まった。
「本当に、妹―――アレイシアさんは復讐を望んでいるとお思いですか?」
「勿論よ!じゃなかったら、あんな遺書なんか書かないはずよ!」