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ステファニー・キーツの死(前編)

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 彼らの歳の頃から、カフカ神父には一目で、ステファニーの友人であることが判った。
 三人はカフカ神父の姿を見つけると、まるで品定めでもするかのようにじろじろと見始めた。
 しばらくして赤茶けた髪の少女が、ほう、と小さな溜息を洩らした。
「神父様。神父様、よね?こんな綺麗な神父様がいるなんて……」
 少女の言葉に、多少カフカ神父は苦笑いを浮かべる。とてもこんな状況で口にするような言葉ではないだろう。それとも、友人の死を彼女は哀しんではいないのだろうか?
「それは、どうも有難うございます。ところで、貴方がたはこの家のお嬢さんの?」
「ええ、友人です」
 もう一人の、黒髪をした少女の方がそう答えた。何が気に入らないのか、先刻からカフカ神父の顔を睨みつけるように見ている。
「失礼ですが、貴方がたの名前を教えて戴けませんか?」
 突然出会った見ず知らずの神父にそう言われ、三人は顔を見合わせた。
 しばらくの間、その形のまま三人は話し合っていた。
 結論が出たのか、どう育ったらこれほどまでになるのか、カフカ神父よりもさらに10センチ以上は高い所に頭があるであろうその青年が、代表として前に進み出た。
「俺―――いえ、僕はボブ・サムソンと言います。そして、僕の右にいる子がオリビア・ロバーツで、左の子がシンシア・ロブです。三人とも、ステファニーと同じハイスクールに通っていた友人です」
 赤茶けた髪のカフカ神父を見てうっとりしている方がオリビア・ロバーツで、黒髪の方がシンシア・ロブという名前であるらしい。
 赤茶けた髪のオリビアの方が、ニヤニヤしながら、ボブ・サムソンと自ら名乗った青年を肘で小突いた。
「そんな友人だなんて。はっきり言っちゃいなさいよ。僕は、ステファニーのボーイフレンドですって」
「お、おい、オリビア……」
 困惑したような表情をして見せたものの、否定しないのは、オリビアの言ったことは事実なのだろう。。
「貴方がた、この家のお嬢さんの御友人なのでしたら、お嬢さんのこともよくご存知だというわけですよね。その、ステファニーさんのことについて色々と教えて戴けませんか?」
 カフカ神父を睨み付けているシンシアの目が更にキツクなった。中々整った顔立ちをしているので、こういう目付きをしていると結構迫力がある。
「そんなことを聞いてどうするんですか、神父様」
 口調からも、明らかにカフカ神父に疑念を抱いている。だが、シンシアが警戒するのも当然だろう。突然出現した男に、亡くなってしまったとはいえ、友人のことを聞かせろといわれているのだ。怪しまない方がおかしいとも言える。
「あら、いいじゃない。教えて上げましょうよ。教えたところで、ステファニーが化けて出てくるわけじゃないもの。それに……」
 オリビアがカフカ神父に擦り寄ってくる。カフカ神父は表情を変えずに、オリビアの顔を見た。昨夜夜更かしでもしたのか、赤みを帯びた瞳が潤んでいる。
「……とっても素敵なんだもの、この神父様。何でも教えて上げたくなっちゃう」
「………」
 シンシアとボブはもう一度顔を見合わせた。
 2人共オリビアが異性―――特に顔の良い異性には、異常に態度が良くなることは知っていたが、これほどあからさまにするのは初めてだった。シンシアは呆れてしまって、そっぽを向いている。
 しかし、今はそんなことに構っている場合ではない、と思ったのか、ボブは一つ頷くと、
「判りました、神父様。ステファニーについて神父様が知りたいと思っていること全て話します。でも、ここでは何ですので、僕の家にいらっしゃいませんか?このマンションの10階に僕の家があるのですが……」
 チラリ、とキーツ家の内部を覗いたボブがそう提案した。哀しみに暮れる人々の中で、その対象の人物の話をするというのは、失礼にあたろう。
「ええ、勿論、構いませんよ」
 カフカ神父はボブの言葉に笑顔で賛同した。



 客間に通されたカフカ神父は、ソファに座るように勧められ、手近にあった黒い革張りのソファに腰を下ろした。
 この高級アパートメントに居を構えていることも判るが、ボブの家もかなりの金持ちなのか、高価な壷や絵画などが所狭しと置かれている。フローリングの床に敷かれてある毛の長い絨毯も、相当高級なものだ。更に、家具なども外国製の格調高いものが備え付けられている。
 重そうなオーク製のテーブルの上に、造花の薔薇の入った花瓶が置かれている。母親の趣味である、と興味深げにそれを見ていたカフカ神父にボブは教えてくれた。趣味で造花作りを行っているらしい。彼女はその教室も開いているようで、主な生徒はこのアパートメントの住人たちだった。
 カフカ神父が座った隣に、わざとらしく、オリビアも腰をかけた。カフカ神父は横目で彼女を見たが、特に咎めることもせずに、彼女のなすがままにさせる。
 サムソン家の家政婦が、温かいコーヒーの入ったカップをテーブルの上に並べる。それほど若いとは思われない家政婦であったが、彼女も又、カフカ神父の顔を見た瞬間、オリビアのように目を輝かせ、頬を紅く染めた。
 カフカ神父の顔に再び苦笑が浮かぶ。
 それを見てボブは、早く出て行くように手で示した。
 名残惜しそうに何度もカフカ神父の方を振り返りながら、家政婦は客間を出た。
「―――で、ステファニーさんについて、皆さんの知っていること、そうですね、彼女の性格とか、そういったようなことを教えて下さい」
 カフカ神父の言葉に最初に反応したのは、なんと、先程からしつこいまでにカフカ神父を警戒していたシンシアであった。
「ステファニー……。あの子はとても綺麗な子だったわ。見た目もそうなんだけど、そんなことよりも心が綺麗な子だった。殺されるような恨みを持たれるような子じゃなかったわ」
「その通りですよ、神父様。付き合っていた僕が言うと信じて貰えないかも知れないけど、ステファニーは本当にいい子でした。あんなにいい子は世界中を捜したって他にいなかったと思います」
 シンシアもボブも強い口調で言い切った。二人に、それだけ亡くなったステファニーという少女はいい思い出を残してくれたのだ、ということが判ろうというものだ。
 しかし、二人の言ったことが可笑しかったのか、突然、オリビアは大声で笑い出した。
「あ、あの子が、いい子ですって!大笑いだわ!」
「な、何を言ってるんだ、オリビア。事実じゃないか。ステファニーが素敵な子だと言うのは、僕たちだけじゃないはずだぞ」
 ボブが笑い出したオリビアに、嫌な顔を見せる。
 オリビアの大笑いに二人が言ったこととは違うことが聞けるのではないかと思ったのか、カフカ神父はオリビアの方に秀麗な顔を向けた。
「どういうことですか、オリビアさん?」
「勿論です、神父様。私もそのつもりですもん」
 笑いをおさめ、オリビアは湯気の立つコーヒーを口に含んだ。ハンカチで口元を拭う。どうでもいいことだが、この時バーカス刑事にハンカチを貸したままであることを、カフカ神父は思い出した。今頃は、バーカス刑事のスーツの内ポケットに収まってしまっているだろう。
 コーヒーを飲んで興奮もおさまったのか、穏やかな口調でオリビアは話し始めた。