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ステファニー・キーツの死(前編)

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 バーカス刑事は短く刈り込んだ頭をポリポリ掻いた。夏の暑さのせいでもあろうが、太めなせいで脂性気味のバーカス刑事の額には汗が光っている。それもついでに拭き取った。何度も汗を拭き取ったのか、ワイシャツの袖口は妙なテカりを帯びている。
「それにしても、今年はやけに暑いですな」
「そうだな。変質者の仕業だというのも、満更のことじゃあねぇのかもしれねぇ」
 夏の暑い時には性犯罪者だとかの変質者の数が増えていることは、マスメディアの統計にも表れている。先輩の言葉に、バーカス刑事は頷いた。
 頷いた拍子に、額の汗が滴り落ちた。
 と、その時突然、目の前に洗い立ての白いハンカチが差し出された。
 驚いたように、バーカス刑事は顔を上げる。
「お暑いですね、バーカス刑事」
 ハンカチを差し出してきた人物の顔を見て、バーカス刑事の顔に笑みが生まれる。反対に、クルーズ刑事の顔は仏頂面になった。
「カフカ、お前、何しに来やがった」
 そう、バーカス刑事にハンカチを差し出したのは、あのカフカ神父であった。
 表情以上に、クルーズ刑事の声は不機嫌である。昨日のカフカ神父との会話がまだ忘れられないでいるのだ。
 反対に、カフカ神父は信者たちに見せるいつもの笑みを浮かべている。これが商売道具だから仕方がない、と言えなくもないが、クルーズ刑事は無性に腹が立って仕方がなかった。捜査に全く進展が見られないのも、それを手伝っていた。
「何って……、いつものように協力しにきてあげたのですよ。昨日のフォースのお詫びも兼ねて」
「な、何!?」
 クルーズ刑事の表情が更に険しくなる。が、
「本当ですか?」
 バーカス刑事は嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、本当です」
 カフカ神父はバーカス刑事の言葉の方に頷いた。
「そいつはとっても心強いですよ。貴方にはいつも事件の際には何かと助けて貰ってますからねぇ。それに、今回は人手不足で猫の手も借りたいところだったんですよ。ホント、有難いです」
 バーカス刑事は以前からカフカ神父にかなりの好意を抱いていた。敬虔たるキリスト教信者であるから神父という職業であるカフカ神父に好意を抱くのは当然のことではあるが、それだけでなく、カフカ神父がいつも事件解決に何らかの協力をしていたからでもあろう。今の言葉も、その好意の現れであった。
「貴方にそう言って戴けると、私も協力のしがいがあると言うものですよ」
「おい、ちょっと待てよ。俺はこんな奴に助けて貰うつもりはねぇぞ?」
 勝手に話が進んでいこうとするのに、クルーズ刑事は割って入る。
「え、先輩、どうしてです?」
 クルーズ刑事の発言に、バーカス刑事は驚きの意を示した。
 カフカ神父の方は全く表情に変化は見られない。長い付合いから、クルーズ刑事が反意を示すことが判っていた。
「どうしてもこうしてもねぇ。俺はこいつが嫌いなんだよ。神だとか何だとか言って、人々を騙くらかしてるこういう奴がな。そんな奴に、幾ら人手が足りないからといって、協力して貰いたいとは思わんね」
「何言ってるんですか、先輩。いつもカフカ神父が助けてくれるおかげで、どんな難事件も解決出来たんじゃないですか。今回も助けて貰いましょうよ。そんな好き嫌いなんか後回しにして」
 バーカス刑事はクルーズ刑事を宥めすかす。
 しかし、その方法がよくなかった。
 更に、クルーズ刑事の怒りが膨れ上がる。
「お前、そんなにこのくそ野郎と組みたいんだったら、刑事なんか辞めて神父になれ!その方がお前にも似合ってるしなっ!!」
 クルリと背中を向け、歩き出してしまう。
「ああ、先輩待って下さいよ!」
 慌ててバーカス刑事は後を追う。
「クルーズ刑事!」
 カフカ神父が珍しく大声で呼び止めた。
 先を急ぐ二人の歩みが止まる。しかし、足を止めはしたものの、クルーズ刑事は振り向こうとはしない。
 それでもカフカ神父は、
「貴方が嫌がっても、私は協力するつもりです。この事件は私にとっても、凄く興味深いものですから」
「………」
「いいですね?」
「勝手にしろっ!」
 怒鳴りつけると、クルーズ刑事は近所にある高級感の漂うスーパーの中に入ってしまった。再び、聞き込みでも始めるのであろう。
「済みません、カフカ神父」
 バーカス刑事が頭を下げてきた。
「いいんですよ。慣れてますから」
 カフカ神父は微笑む。
「それじゃあ、俺も……」
 バーカス刑事はもう一度頭を下げると、クルーズ刑事の後と追って、スーパーの中に入って行った。
 それを見送った後、ステファニー・キーツの住んでいたという高級アパートメントをカフカ神父は見上げた。
「―――例え嫌われていても、貴方には何かして上げたくなるんですよね、アルフレッド」
 カフカ神父は小さく呟いた。







 ステファニー・キーツが家族と共に暮らしていた高級アパートメントの出入り口の前に、カフカ神父は立っていた。
 目の前には101号室から3333号室までの部屋番号の刻まれているプラスチック製の板がある。高級アパートメントには不似合いな代物だったが、カフカ神父にはあまり気にならない。それぞれの数字の下にはゴム製の突起物があり、それを押すと、各部屋に通じ、スピーカーから部屋への住人と会話が出来るようになっている。
 カフカ神父はプラスチックの板に刻み込まれている数字に触れた。3320号室の辺りで、長く美しい指が止まる。そこが紛れもなく、ステファニーが両親と共に住んでいた部屋の番号だった。クルーズ刑事に聞いたわけでも、バッカス刑事のメモの覗き見したわけでもない。彼にはそこが、ステファニーの自宅であることが判っていた。
 分厚い防弾ガラスで出来たドアを軽く押す。すると、まるで嗅ぎ尚かかっていないかのように、内部にカフカ神父の身体を招き入れた。カフカ神父の『力』にかかると、このようなオートロック式のドアであっても、侵入することは大して造作もないことのようだった。
 出入り口から見て正面にエレベーターが二つ並んでいる。その一つに、カフカ神父は乗り込んだ。高級アパートメントと銘打っている割には、このエレベーターの内部は狭い。大人5、6人が限度ということか。その分装飾には凝っていて、まるでギリシアの神殿にでもいるような錯覚を起こさせた。
 カフカ神父はキーツ一家が住み暮らしている33階のボタンを押した。
 幸いなことに一度も止まることなく、エレベーターは33階に辿り着く。
 エレベーターを降りると、左右に渡り廊下が広がっている。各部屋に繋がっているのだろう。エレベーターを下りた正面に部屋番号を示す矢印が書かれてある。それを見て、カフカ神父は左手に進路をとった。
 18号室、19号室の順で進み、すぐに20号室にぶつかった。表札が出されているわけではなかったが、そこがキーツ家であることは、開け放たれているドアの向こうから何人者泣き声が聞こえてきたことからも明らかであった。
 チャイムを押そうかどうしようかと指を伸ばした時、カフカ神父が出てきたのとは別のエレベーターから三人の男女が勢いよく飛び出してきた。
 歳は、17、8歳位だろうか。