ステファニー・キーツの死(前編)
「ステファニーは確かに綺麗な子だったし、いい子だったと思う。でも、それは表向きだけのことだわ。本当はとんでもない子だった。煙草やお酒は勿論だけど、それだけじゃ飽き足らず、ドラッグにも手を出してたわね。学校で売ったりもしてたみたい。私も勧められたことがあったんだけど、とんでもないことだって逆に叱ってやったわ。だけど、そんなことあの子にしてみれば大したことじゃないと思うわ。だって、あの子人を殺したことがあるんだもん」
オリビアの口から出てきた、2人が先程述べた言葉とは全く異なる事実に、カフカ神父どころか、ボブとシンシアの2人も驚いて、目を丸くする。
ここでオリビアは、既に温もりが消えているコーヒーを啜った。そして、喉を潤した時点で、更に話を続ける。
「ここにいるシンシア。この子ね、妹がいたんです。シンシアとそっくりな双子の妹が。シンシアを見ても判ると思いますけど、その子も凄く綺麗な子だったわ」
「それは、ステファニーさん以上ということですか?私は、ステファニーさんの顔は知らないものですから……」
カフカ神父の問いかけの意味がよく判らなかったのか、少し悩んでいるように見受けられたが、シンシアの顔を見て、オリビアはすぐに頷いた。
「ええ、そうね。ステファニー以上だと思います。シンシアの顔を見れば一目瞭然だわ。でも、それが、プライドの高い彼女には許せなかったのよ。それに、さっきボブはステファニーのボーイフレンドだって言ったけど、その前はこの子の妹―――アレイシアのボーイフレンドだったのよ。それも、かなりステファニーのプライドを傷つけていたみたい。話を聞いていたから知ってたんだけど、随分前からボブにご執心みたいだったし。だから、彼女はアレイシアを殺したんだわ」
「ステファニーさんが、この方の妹さんをですか?」
カフカ神父の視線がシンシアに向けられる。
「正確に言うと、殺したわけじゃないんですけど、まあ、似たようなものですね。何せ、ステファニーがあんなことをしたおかげで、アレイシアは自殺してしまったんですもん」
「や、止めてっ!!」
悲鳴にも近い声を上げて、シンシアがソファから立ち上った。顔面は蒼白になっている。死んでしまった妹のことが引き合いに出され、聞いていられなくなったのだろう。シンシアには妹の死は、未だに忘れることの出来ない出来事なのだ。
そんなシンシアを、オリビアはまるで蔑むかのような目で見た。
「でも、これは事実よ!事実なの!貴方がどんなに否定したって、アレイシアが自殺してしまったという事実は消えないのよ!」
「そうよ!そう、貴方の言う通りよ!で、でも、ステファニーのことは全然関係ない。だって、ステファニーとあの子はとても仲が良かったんだもの。ステファニーがアレイシアにあんなことをするわけがないわ」
「そうだ。そうだよ、オリビア。二人は本当に仲のいい友人同士だった。間違ったって、あんなことになるような仲じゃないよ」
ボブもソファから立ち上った。拳を握り締め、力説する。しかし、二人がどう否定しようともオリビアは自分の意見を翻しはしなかった。
「貴方たちはステファニーの本当の姿を知らないのよ。だから、そんな風に言うんだわ。でもね、私はあの子の本当の姿を知っているの。だから、誰かにステファニーが殺されるということも、ありえないことでもないのよね……」
麻薬の売人だとか、数え上げればきりがない、とオリビアは自分の細い指を折り曲げて、数え始める。
「で、でも……!」
シンシアもそれはありえないことだ、とばかりに否定の言葉を繰り返す。
2人の間で、それが暫く続く。
カフカ神父は三人の顔を交互に見ていきながら話を聞いていたが、ふと先程から思っていた疑問を口に出した。
「ステファニーさんがアレイシアさんにしたことというのは、一体何なのですが?自殺にまで追い込んだのですから、余程酷いことでも?」
「………」
三人にとってはよほど酷な質問となったのか、三人が三人共急に押し黙ってしまった。
沈黙の風が流れる。
「あ、あの……」
ドアが開いて、おずおずと家政婦の顔が覗いた。
気まずげだった雰囲気が、少しだけ和らいだ。
「コ、コーヒーのお代わりは如何でしょうか?」
カフカ神父は首を振る。
「いいえ、もう結構です。私はこれで、失礼させて戴きますから。コーヒー、とても美味しかったですよ」
そう言って微笑むと、挨拶も早々に、カフカ神父はサムソン家を辞去した。これ以上ここにいても何も聞き出す事は出来ない、と思ったのだ。
カフカ神父を見送ったのは家政婦だけで、後の三人は玄関先にも出てこようとはしなかった。
サムソン家を辞してきたカフカ神父であったが、頭の中はシンシアの双子の妹であるアレイシアの自殺の件で一杯だった。
そのことを聞かせてくれたオリビアは、ステファニーに何かとんでもないことをされたせいでアレイシアが自殺したのだ、と力説していた。もしそれが事実であったとしたら、ステファニーの事件は前の二つの事件とは全く異なる事件ということになる。前の二つの事件を模倣することによって、自分の犯行をカモフラージュしようとしたのではないか。だとすると、アレイシアの自殺の件をもう少し深く調べる必要があるだろう。カフカ神父にはそう思えた。
ふと、気配を感じて、カフカ神父は前方に視線を向けた。
そこには一人の少女の姿があった。
少女はとても美しかった。
儚げで、守ってやりたいタイプの美少女だ。
カフカ神父は少女を見て、奇妙な表情をして見せた。誰かに似たような面影が、少女の顔に見受けられたからだ。
その儚げで、美しい少女は何かを言おうとしていた。何かをカフカ神父に伝えようとしていた。しかし、口をパクパクと開くだけで、言葉は発せられない。
「何か、私に……?」
カフカ神父の問いかけに、少女は頷いた。更に必死な様子で言葉を紡ぎだそうとしたが、どれだけ待っても少女の口から声は発せられない。
カフカ神父はこの時、漸く少女の正体を悟った。
少女の、普通の人間とは違う、今にも透き通ってしまいそうな肉体を見て、すぐにも気づくべきだった。
少女はこの世の者ではなかった。
そう、少女は、この世には既に肉体の存在しない、『霊体』だった。
カフカ神父は首に掛けてあるロザリオを取り出した。それを障子に向ける。彷徨う魂を天に還そうというのだ。この世に留まっていても、『霊体』である彼女は決して幸福になることは出来ないのだから。
「天に召します我らが……!?」
カフカ神父が呪文を唱えようとした瞬間、少女の『霊体』は掻き消えてしまった。よほど強い未練を残してでもいるのか。でなければ、カトリック総本家の教会にも認められるほどの能力を持つ、カフカ神父の呪文から逃れることの出来る者はいないはずだ。
その時、カフカ神父は少女の顔が誰に似ているのかに思い至った。少女はさっきまで共にいて、キツイほどの視線をカフカ神父に浴びせていたあのシンシア・ロブに似ていたのだ。
「ま、まさか、彼女が…・・・?」
そのカフカ神父の考えは、暫くの後に、立証された。
作品名:ステファニー・キーツの死(前編) 作家名:かいや