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ステファニー・キーツの死(前編)

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 細い首を軽く傾げながら、フォースはカフカ神父の整った顔を見上げる。
「どんな感じの『悪霊』でした?」
「う~ん、はっきり言ってよく判んねぇんだ。黒っぽい塊にしか見えなかったし」
「それで、よく『悪霊』だとはっきり言えますね。クルーズ刑事にここまで送ってもらうための、口実だったんじゃないんですか、それは」
 嫌味っぽく笑う。
 自分の心の奥底をズバリ指摘されて、フォースの眉が吊り上った。
「しょうがねぇだろ!判んねぇものは、判んねぇんだから!だけど、雰囲気というか、何て言うか、それが『悪霊』みたいな感じだったんだよ。だから、早いとこお前に知らせようと思って……」
「………」
 カフカ神父は目を閉じた。
 カフカ神父はローマ・カトリック教会に所属する神父たちの中でも屈指の能力の持主である、とその方面の人々から言われている。その能力の一つに、遠くからでも『悪霊』などの存在を感じ取れるという能力も含まれているらしい、とはフォースが母親から聞かされた言葉だ。実際、フォースも何度かそれを目にしていたから、先程質問もしたのだろう。今、カフカ神父はその能力を活用しようとしていた。
「なあ、どうだ?」
 待ちきれないのか、フォースは一分もしない内に問いかけてきた。
 カフカは首を横に振る。
「何だ、感じねぇの?」
「この地上には、死んでいった色々な人々の喜びや怨念が渦巻いています。勿論、その中には『悪霊』と呼ばれる者たちの存在もあります」
 淡々と語るカフカは、まるで自分の信者にでも言い聞かせているかのような口調になっている。
「御託はいいからさ、結論を言ってよ」
「いいですか。このロスアンゼルスはアメリカでも屈指の大都市ですよ。『悪霊』だけでなく、数限りない霊たちが漂っているんです。貴方だってそのことは判っているでしょう。そんな中から貴方の言う『悪霊』を見つけ出すのは、私にだって無理ですよ。貴方がもう少しはっきりとその方の姿を確認してくれたら良かったのですが」
 カフカの言葉にフォースは目を眇める。
「俺が悪いってのか?」
「そうは言ってませんよ」
「人のせいにするなよ!お、お前の『力』が弱くなったせいで、見分けられないじゃねぇの?もう結構な歳なんだろ!」
 自分がはっきり確かめられなかったことは棚に上げ、フォースは全てをカフカ神父の責任にした。
 しかし、カフカ神父は首を左右に振っただけで、それ以上フォースには何も言わなかった。
 代わりに、今まで二人の会話を一言も挟まずに聞いていたフォースの母親であるセリーナが、
「おやめなさい、フォース。滅多なことを言うものではありません。私たちは、今までずっと神父様のお力のおかげで、普通の方たちと何ら変わりなく暮らしてこれたのですよ。そのようなことを口にすると、神からの罰が下ることになりますよ」
 と、おっとりしている彼女にしては、珍しく鋭い口調で息子を叱った。
「だ、だけど、母さん、俺はね……」
 フォースは口を尖らせ、抗議しかける。
「フォース!!」
「………」
 セリーナの再度の厳しい言葉に、フォースは口を閉ざした。威勢のいい子供とはいえ、母親にはやはり逆らうことは出来ないようだ。
「フォース」
 何かを思い付いたのか、ふとカフカ神父はフォースの顔を見た。
「な、何だよ」
 恨みがましい目付きで、フォースは見返す。母親に叱られたのも全てカフカのせい、そう思っているのだ。だが、その目付きを全く気にする風もなく、
「死体には何か変わったところがありましたか?」
「変わったところって?」
 逆にフォースが聞き返す。
「そうですね……。何か変な模様が入っていたとか、妙な切り口だったとか……」
「?はっきり見たわけじゃないからちゃんとしたことは言えないけど、別に変わったところはなかったと思うぜ?まあ、バラバラ死体をちゃんとした死体って言えるんだったらって話だけど」
「そうですか……」
「な、何だよ?」
「いえ、別に……」
 そう答えはしたものの、何か思うところがあるのか、カフカ神父は考え込みながら、教会の中へと戻った。
 その背中を、不思議な表情で母子は見送った。







 ステファニー・キーツの死が両親に確認されていた丁度その頃、アルフレッド・クルーズ刑事と彼の同僚でハイスクールの後輩でもあるジェシー・バーカス刑事は、キーツ一家が住むマンション内の住人や、周囲の聞き込みに当たっていた。
 コンピュータ犯罪が多発する中、警察におけるコンピュータの発展にも目まぐるしいものがあったが、人間自身の手で捜査を行う方が検挙率が高い場合もあった。更に、元々クルーズ刑事はコンピュータなどによる捜査というものが大嫌いでもあったので、この事件もコンピュータに頼るよりは自分の手でと思い、バーカス刑事と足を棒にして歩き回っていた。
 もう何軒目のチャイムを鳴らしたであろうか。
 昼の間はビルの間を抜けていく人々が後を絶たないとはいえ、夜になると全く人通りが途絶えてしまう。最近この辺りを賑わせている強盗団のせいであろう。それがあって、ステファニー・キーツの姿を見たどころか、声を聞いたものさえいなかった。
 赤いリボンをつけた飼主に似て可愛げのない犬を抱えたクルーズ刑事の倍以上はあろうかというような巨体の婦人に叩き出されたクルーズ刑事とバーカス刑事は、クルーズ刑事の自慢の電気自動車の前で休息を取ることに決めた。
 既に、時刻は一時を回っている。
 ハンバーガーとコーラの軽い昼食を摂る。これだけで大の男が足りるわけもないのだが、腹に詰め込み過ぎるといざ犯人と勝負という時に動けないと困るので、用心のためだ。
「先輩」
 2、3メートルほど先にあるごみ箱にコーラの入っていた紙コップを投げ捨てながら、隣でハンバーガーにむしゃぶりついているクルーズ刑事にバーカス刑事は声をかけた。バーカス刑事はこの時既に、彼の特大のジャンボ・バーガーを食べ終えていたが、まだ物欲しげな様子でクルーズ刑事のバーガーを見つめている。
 手を休め、クルーズ刑事は刑事にしては少し太めの後輩を横目で見た。
「何かこの事件、とっても嫌な感じがしますね。可愛い女の子ばかりが殺されちゃって。変質者の犯行ですかね。本部の方でもそう考えているみたいですけど」
 例の議員との繋がりがなくなってしまった今となっては、そういう考えが出てくるのも当然だった。クルーズ刑事の組とは別の組がそちらの方向性で、捜査にも当たっている。
「さーてな。まだ、結論を出すにはちと早いような気がするな、俺には」
「どうしてです?」
「どうしてって……」
 クルーズ刑事は最後のコーラを飲み干す。同時に、ガキッ、という音がしたのは、残っていた氷を噛んだ為だ。
「そりゃ、お前、俺の勘さ」
「勘ですかあ?」
 頼りなさげな口調で、バーカス刑事は聞き返す。
 ギロリ、と後輩の丸い顔を睨みつける。
「何だ、お前。俺の勘は信用出来ねぇのか?」
「そ、そういうわけじゃないですが……」