ココロの雨 (上)
帰り道、思った。
----凄いなぁ。やってません!って言えるなんて。私なら…言えるかなぁ。あの場で。正義感あるって、あぁいう人のことなんだろうなぁ。私もあぁなりたいな。
そんなこんなで月日は流れ、小学3年生の秋。
また父の仕事の都合で、元居た田舎の小学校に戻ることになった。
今考えると、この約2年半が私の人生で一番平和で楽しかった時期だった。
小学校ともお別れをし、マンションの人達ともお別れ…母は泣いて別れを惜しんでいた。
それから、元の小学校に挨拶に行った。秋祭りだったか、創立記念日だったかで学校はお休みで、校長先生と数人の先生が居るだけだった。
前の小学校の事を聞かれたり、使ってた教科書で同じものがあるか確認したり。
校長先生は前の小学校の話をすると驚いていた。
それも当然だろう。
10クラス近くあって、教室が足りない…それに比べて、ここは各学年3クラスしかない。
しかも、クラス替えは2年に1回しかないのだ。
こちらは少しガッカリした。
それと同時に私と校長先生のやり取りを見て、母がイライラしてるのが、それとなく伝わってきた。
案の定、帰った途端に怒られた。
「ペラペラ喋って!!恥ずかしい。」
聞かれたことに答えただけで、こんなにも怒られるなんて。
また憂鬱になった。
転校初日、幼稚園で仲良しだった女の子が学校の門のところまで迎えに来てくれていた。
何人か仲良しだった子とは文通をしていて、帰る事も伝えてあったのだ。
担任の先生も、それを知っていたらしく許可してくれたようだった。
嬉しくてワクワクした。
が、教室に入ろうとした瞬間、突然頭が揺れた。
よく見ると、何人かの男子が私の頭を叩いているのだ。
どうやら、彼らは珍しい転校生が我がクラスに来るということで、テンションが上がりきってしまっているようだった。
一方私は、あんなに楽しみにしていたのに、一瞬で帰りたくなった。
前の学校では暖かく迎えてくれたのに、この荒々しい歓迎に喜ぶことが出来なかった。
むしろショックだった。
とはいえ、幼い頃の知り合いが居るのですぐに仲間に入れた。
…にしても、不思議なことが多々あった。
クラスの女子は常に群がって行動し、さらにボス的グループがあるのだ。
ボス的グループのメンバーにはそれぞれ特有のニックネームがあり、そのニックネームを持つことがステータスになっていた。
めぐみならメッペ、ちさとならチッペ、まゆみならマッペというような…
取り巻きの子の中には、仲間に入れて欲しくて必死な子もいた。
さらに、そのグループのメンバーのほとんどが幼稚園で一緒だった子達だ。
最初は懐かしさもあって、楽しかった。
よく遊んだりもしていた。
が、次第に他の友達と遊ぶようになっていった。
そして4年生になり、クラスはそのままで担任の先生だけ変わった。
3年生の頃の先生にはみんなよく懐いていた。
厳しくてそれでいて優しい、そんな先生だった。
けれど、今度の先生は…
定年間近のオバチャンだった。
そのうち、子供達から舐められて、誰も言うことを聞かなくなった。
どれだけ怒っても怖くない。
むしろみんなバカにして笑っていた。
どんどん善悪の判断がつかなくなっていった。
それと同時に私に対してのイジメが始まっていった。
この頃から、地獄のような生活がスタートしたのだ。
最初のうちは軽く無視される程度だった。
----あれ?聞こえなかったのかなぁ?
ちょっと素っ気ない態度だったりもした。
少しずつ違和感を覚え始めた。
次第にそれはエスカレートしていった。
気がつけば、クラスではほぼ一人ぼっちだった。
それでも、たまに話しかけられたりもした。
嬉しくて話していると、誰かの悪口を言っていた。
「ねー、ねー、カナコちゃんは『アイツ』どう思う?感じ悪いし、他のクラスが調理実習してるのにわざわざ行ってまで食べてさぁー。卑しいよね。」
誰のことかわからなかった。
私も、そういう覚えあるけど、ひさしぶりに話しかけられたことが嬉しくてつい
「えー?誰??それ。ちょっと図々しいね。」
って言ってみた。
向こうはどんどん楽しそうに『アイツ』の悪口を続けた。
けれど、いくら
「『アイツ』て誰??」
て聞いても答えてはくれなかった。
次第にクラスの女子ほとんどが『アイツ』の悪口を言うようになっていた。
私は、少し心に引っかかっていた。
気にしないようにしていたけど、心に引っかかったモノはもの凄い勢いで私の心をかき乱し始めた。
----『アイツ』て一体誰??もしかして…私?
不安な気持ちはどんどん広がっていった。
透明に透き通った水に、墨汁を一滴落としたように…
そして、墨汁は次々に滴り落ち、何かがかき乱した。
気がつけば、真っ黒になっていた。
逃げ出したい気持ちで一杯だった。
教室から逃げ出そうと、廊下に出て数歩で足が止まった。
私に『アイツ』の悪口を言った女の子がいた。
隣には同じクラスの女の子。
「で、『アイツ』て誰??」
その子もまだ知らないらしい。
次の瞬間、不安は確信へと変わった。
「カナコよ。カナコ!」
と言い終わると同時に不意に目が合った。
しまった…という顔をするどころか
----あぁーあ。バレちゃった。
という顔をした。
そして、こちらを睨みつけるような目をして少し笑った。
私が教室から出て数秒の出来事だった。
その日からまた誰もしゃべってくれなくなった。
男子からは気持ち悪いと言われ、私の持ち物は汚いと言われ…毎日泣いていた。
誰も助けてくれなかった。
担任は気づいて注意はするものの、口先だけだった。
本気で止めさせようとはしなかった。
もう、教室に居場所はなかった。
それでも、唯一金曜の6時間目だけは本来の私に戻れた。
クラブ活動の時間だからだ。
6年生の幼なじみ3人ぐらいと同じクラブに入って、ろくに練習もせず、しゃべってばかりいた。
次第に6年生の友達が増え、クラブの6年生のほとんどは私と仲良くしてくれた。
ひさしぶりだった。
友達と笑って話したり、冗談言ったり、からかわれたり…。
けれど、1週間のうちのたった1時間だけだった。
毎朝起きるのが嫌でたまらなかった。
よく『明けない夜はない』とか聞くけれど、ずっと明けないで欲しいと毎日願った。
朝なんて来てほしくなかった。
かと言って、学校行きたくない…とは言えなかった。
何故なら、親は知らないのだ。
私がクラスで一人ぼっちな事も、毎日泣いている事も…。
言えばきっと
「イジメられるあんたが悪い!」
と怒られるからだ。
だから、学校の話はあまりしなかった。
そんなことが続いたある日、ふと例のボス的グループのメンバーがやって来てこう言った。
「今までイジメてごめんなさい。」
突然の事で呆気にとられている私に、続けて言った。
「今度から『おカナさん』って呼んでいい?」
----何が何だかわからないけど、あのツラい日々から抜けられる!
と思った瞬間、全身の力が抜けそうになった。
夏休みが始まる少し前の出来事だった。
当時、クラスの女子の間では『けろけろけろっぴ』がブームだった。
おそらく、例のグループの誰かが広めたのであろう。