ココロの雨 (上)
特別かわいいと思っていたわけでもないが、毎日誰かが新しいグッズを持って来ては自慢げに見せ合い、褒め合ってう様を目の当たりにしていくうちに、それなりに可愛く見えてきた。
そのうち、私の持ち物にも少しずつ増えていった。
エンピツ、消しゴム、メモ帳、、、
気づけば、ぬいぐるみやコップまでも揃っていた。
モノが増えると、次第にみんなが集まって来るようになった。
この間まで、仲間外れにされてたのがウソだったかのように、みんなが話しかけてくる。
それでも夏休みに入ると、遊ぶのはやはり幼なじみがほとんどだった。
たまに、クラスメイトとも遊んだりはしたが、幼なじみとは自然体で居られるので楽だった。
心の底から笑う事が出来た。
もぅ、ずっとずっと夏休みが続いて欲しかった。
しかし、そんなわけにもいかず、夏休みも後半になるにつれ登校日だったり、地域のバレーの練習だったり、次第にクラスメイトと顔を合わせる機会が増えていった。
いくら謝られたからと言っても、心にシコリは残ったままだった。
そもそも、イジメられる理由がわからない。
そして、いつの間にか夏休みが終わろうとしていた…。
ついに、2学期が始まった。
憂鬱でたまらない。
重い足取りで教室へと向かう。
出来るなら、このまま引き返したい。
何度も引き返そうとした……が、そんな勇気はなかった。
仕方なく教室へ入り席に着いた。
「おはよう」
声をかけられた。
一瞬で不安な思いは消えた。
それから平和な日々が続いた。
誰にも傷つけられることのない日常。
昼休み、どう時間を潰そうか考えなくてもいい。
教室に居場所がある。
そんな当たり前の事が、私にとってはたまらなく幸せだった。
しばらくすると、運動会の準備が始まった。
この学校に来て初めての運動会。
驚いたのは、運動会は裸足で参加…
運動場を裸足で歩いたことすらない。
それを、裸足で走るというのだ。
地面を踏みしめる度に痛みが襲ってきて、とてもじゃないが走るなんて出来ない。
ただでさえ走るのが遅いのに、ますます遅くなる。
さらに、頭には鉢巻きを巻くというのだ。
どうやら1から6年のクラス対抗だか何だかで、色で区別するらしい。
…これがまた、臭い。
1年間、どこに放置していたのか知らないが、汗と埃の混ざったような、何とも言えない臭いがして、余計やる気を無くした。
どうしても、前の学校と比べてしまう。
確かに走るのは苦手だったが、運動会は嫌いではなかった。
運動会は春と秋年に2回あり、春は踊りなどの見せ物をし、秋はリレーなどの徒競走がメインなのだが…
人数があまりにも多く、出番が少ない。
故に、ほぼお菓子を食べたり友達と遊んでいたので全く苦痛どころか楽しくて仕方なかった。
ところが、こちらはそうはいかない。
人数が少ない為、出番が次々にやって来る。
走ったかと思えばいくつか出し物をしたり。
クラス対抗のはずが、地区対抗のリレーもあったり。
そんなこんなで、準備が沢山あった。
毎日運動会の練習が続いた。
その日もいつもと同じように、練習を終えて少し遅れて教室へ戻るところだった。
人気のない靴箱に誰かがいた。
「あっ、カナコちゃん」
うちのクラスの女子だった。
1人は例のメンバーの子で、もう1人は…その子の仲良しの女の子。
「疲れたね。」
とか何とか当たり障りのない会話を交わしながら靴を履き替えていた。
すると突然、表情が変わった。
「コイツ、ムカつくんだよねー。」
と言いながら、2人は例のメンバーの中の1人の靴を指で軽くつついていた。
「カナコちゃんもコイツに嫌な思いさせられたんだから、やっちゃいなよ。」
と続けた。仲間割れをしていることが意外で驚いたが、あまり関わりたくないと思った。
「えっ…私はイイよ。」
と断り、一緒に教室へと向かった。
数日後何とか運動会も終わり、季節は秋に変わろうとしていた。
「もう、けろっぴの流行は終わらせる!」
突然面と向かってそう言ってきたのは、以前イジメたことを私に謝罪してきた子である。
あまりに突然過ぎて、呆気にとられていた。
----だから何?何故私に言う必要があるのだろう…
ふと思った。
「…えっ、何で?」
「だって、おカナさんが沢山持ってるから!」
少し意地悪そうに微笑みながらそう言って、何事もなかったように立ち去った。
----意味が分からない。私が持ってちゃいけないの?
それから潮が引くように、静かにブームが去った。
と同時に、また私の周りから人がいなくなっていった。
何も言えず泣いてばかりの日々が始まった。
『あんたは何をやってもダメ!見てるだけでイライラする!!』
幼い頃に母親から言われた言葉が頭によぎった。
----お母さんの言ったとおりだ…
家に帰っても、相変わらず母は不機嫌な日が多かった。
玄関の扉が重く感じた。
もう、学校にも家にも居場所はなかった。
特に男子からの態度はヒドかった。
「うわっ!汚い」
そう言って、注文していた新品の体操服を渡された。
----新品なのに…
図工の時間に使った竹串で弓矢を作り、顔に向けられたりもした。
怖かった。
5m程の距離から矢が放たれた。
----誰か助けて!!!!
ちょうど目と目の間に刺さった。
少しズレていたら失明していた…
恐怖のあまり、泣き崩れた。
それを見て笑っている…
もう、常識では理解出来ないほどだった。
今考えても、無事だったことが本当に奇跡だと思う。
そんな風に、日々エスカレートしていった。
その日は地域の子供会の集まりがあり、夜遅く母が帰ってきた。
あきらかに表情が違っていた。
「あんた…学校でイジメられてるんだって?」
背筋が凍った。
----誰から聞いたの?何で??
本当かどうか問い詰められた。
事実を認めるしかなかった。
「どうして話さなかったの!?」
母の怒りはおさまらない。
「誰にイジメられてるのっ??」
涙が止まらなかった。
言葉が出ないほど泣いていたが、それでも問い詰めてくる。
何人か名前を挙げた。すると…
「あんたがそうやってトロイからイジメられるんじゃない!イジメられるアンタが悪いんじゃない!?」
思っていた通りの言葉が出た。
そう言われるとわかっていたから言えなかった。
何があっても味方でいてくれる…そんな母親は私には存在しないと改めてわかってしまった。
世界中でひとりぼっちになった気がした。
いや、はじめからひとりぼっちだった。
ずっと孤独でたまらなかった。
後日、母に手紙を預けられた。
担任に渡すように…と。
内容は読まなくてもわかった。
娘がイジメられていることについてだろう。
正直、そっとしておいて欲しかった。
担任に直訴したところで解決出来る技量はない。
解決出来るなら、毎日私は泣いたりなんてしてはいない。
きっとまた中途半端に注意して、私が告げ口したと言い余計ヒドくなるだろうと予想出来た。
かと言って、渡さないわけにもいかず…仕方なく、朝一でコッソリ渡した。
けれど担任は簡単にアッサリ受け取り、持っていた教材の上にポンと置いた。
どう見ても目立つ。
案の定、何人かが気づきだした。封筒の差出人を見るなり
「大場美智子って誰ー?」