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名前を消せ!

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ボクが提案すると先生も納得してノートを机の上においた。
「おっと俺抜きで見るつもりか? お二人さん」
ボクたちの背後から声が聞こえてくる。いつのまに帰ってきたのかクロはボクたちの間を抜け机に上がる。
「…いつの間に…仕方ないだろう?さっきまでお前居なかったんだから」
小さく呟いた後で愚痴を零すがクロはまったくの無視を決め込んでいるのかボクを見ることもなく先生と話し始めた。
「で、どこにあったんだ?」
「はい。彼の遺品を片付けるためにロッカーを整理したところ、奥のほうに板が挟んでありましてその中にこのノートが隠されていました。どうやら誰にも見せたくなかったようですね」
「つまり、このノートはいずれ処分する予定だったんだな」
クロはそう言うと器用にノートの一ページ目をめくり始めた。
「ボクにも見せてくれよ」
無視されたことに苛立ちはあったが今はそれ所じゃない。ボクも間に入り込んでノートを見つめる。
確かにノートには死神について書かれていた。恐ろしいほど詳しく。ノートをめくっていくと最後のページに差し掛かった。
「『両親は俺を殺したかったらしい。俺はいらない子だった。本当は子供なんて欲しくなかったんだ。だから俺のこと打ったりするんだ。だから俺は両親が欲しがっていた死神を造ってやるんだ。これで両親の望みが叶うだろう』」
クロが強弱のない声で最後の文を読み上げた。
「これはどういうこと? もしかして虐待…?」
「…きっと、そうだろうね。彼の背中を一度見たことがあるんだけど、酷い痣が沢山あったのを覚えているよ。そのことでご両親にご相談したかったんだけど、もうすでに他界された後でね。彼のいた施設に聞いたところだと近所の方から虐待されているんじゃないかっと言われたことが有ったらしい。もちろんご両親は否定していたけど、彼もなぜかご両親を庇っていたらしいんだ」
先生は重苦しそうに答えた。彼にそんな過去があったのか…
「庇うのは分かりきっていたことなのでは? だってそんなことを言ったら虐待されていたとして両親は彼を殺すかもしれないでしょう?」
「まぁ確かにそうなんだけど、そういう場合は両親とは別室で聞くことになるし、虐待と分かれば両親と会うこともなく施設のほうに入ることが出来るんだよ」
「だったら、なおさら…」
「この文を良く見ろ。『これで、両親の望みは叶うだろう。』と書いてある。たとえ、虐待を受けようがどうしようもなく両親のことが好きだったんだ。いや、愛されたかったんだな。それと同じように両親もアイツのことを不器用ながら愛していた」
クロは淡々と言った。なぜ愛していると分かるんだ?横にいる先生の横顔を見ると先生も意味が分からないという顔をしている。
「それは…両親がアイツの誕生日に猫を贈ったからだよ。本当に嫌いなら面倒のかかる生き物をわざわざ与えるわけがないだろう?」
クロはそう言うと机から飛び降りた。
「その猫って…」
「そう、俺だよ。捨て猫と思われたらしくってな。勝手に連れて行かれたんだ」
「捨て猫? っぷ、何だよソレ! あはははは…」
コイツが捨て猫なって可笑しくてお腹を抱えて笑った。先生も苦笑いをしている。
「ふん。一生わらってろ!」
呆れた様子で部屋を出て行くクロを横目で見つつも笑いは収まる気配を見せなかった。あの瞬間までは…
数分後、クロは突然大きな声をあげた。
「おい! 探偵、先生。こっちに来てみろよ!」
クロがいるのはきっと階段の踊り場。部室とそこまではそれなりに距離が離れている。だが、そこから聞こえて来たにしては随分はっきりと通る声だ。さっきまでの笑いが一瞬で消え、切迫した声に身震いした。
その場にたどり着くとわが目を疑った。

起きて欲しくなかった事が現実になった瞬間だった。



踊り場の正面の壁には忌まわしき染みの名が刻まれていた。そこには紛れもなくボクの『スズキ リョウ』の名前があった。
「やっぱり来たか。死神が…」
クロが呟く。これで僕の命はあと三日。こすっても消えない呪いから逃れるすべはない。
「…どうしよう…クロ。お前なら知っているんだろう?何か逃れる方法を!」
無駄な足掻きかもしれない。だけど、生きたいことに曲がった感情はない。
「普通ならない。と答えるが、どんな方法でもいいなら一つだけ…」
「方法があるんだな! 逃げれる方法が!」
クロの言葉に重ね叫んだ。
「どんな方法でもいいなら、な」
クロはボクを睨んで声を張り上げた。低い声がずしりと心に響く。
「どういうことだ?」
クロは俯いたままうしろを向き部室の方へと歩き出した。ボクは必死に後を追いかける。
「方法は、『誰か代わりに死ぬ事』だ」
「ぇ…それって誰かを犠牲に生きろってことか?」
「そうだ。どんなことでも生きていたいなら、誰か一人殺されてくれって頼むんだな。まぁ、どんなに誰かを大切だとほざく奴でも結局は自分を最後に選ぶもんだ。人間っていうのは薄情な生き物なんだよ」
クロはそこで言葉を切った。
「諦めろ」
小さな囁きだった。だけどボクにはただ大きく聞こえていた。それはどんな言葉よりも重かった。



ボクは幼い頃、同じ年頃の子供がサンタクロースを信じることと同じように『死神』を信じていた時期があった。それは大好きな祖母が亡くなったとき、泣き叫ぶボクをいさめるように両親が言った言葉を真に受けたからだった。
『おばあちゃんは死神に連れられていったんだよ』
今思えば酷く単純な子供だったんだろう。本気でその言葉を信じた僕は三日三晩暗闇が怖くて眠れなかったくらいだ。
確かにボクがこの事件を解決させたいと思ったのはただ非日常に憧れていたからだ。けれど少なからず幼い自分が信じていた死神を見たいと思ったのも理由の一つだった。


一人、教室の窓からグラウンドを眺めている。日がもう落ち始めあたり一面淡いオレンジ色に染まっていく。
放課後になってやっと落ち着き始め考えていた。何を思っても、何を考えても良い方向に進める気がしない。クロは相変わらずどこかに行ってしまっているし、先生は先生で相談してよいものか…
「鈴木君? ここにいたんだね。てっきり部室の方かと思って探したんだよ?」
教室の扉から先生が声をかけてきた。どんな顔をしたらいいのだろうか?確かにあの場にはいたけどクロの話は聞いていないはずだ。もちろんあのノートにも方法は書いていなかった。
しかし、先生は何かを悟ったようにボクを見つめ言葉を重々しく告げた。
「その…こんなこと今の君に言ってもいいか…決して同情とかじゃないんだ。本当に、ただ…『生きる』ことは大切だ。もちろん『死ぬ』こともそれと同じように重要なんだよ」
「何が、言いたいんですか?」
先生の顔を見ることが出来なくて、ただ窓の外に映るグラウンドを見つめていた。グラウンドには部活をしている生徒が活発に運動している。
「犠牲を恐れるのなら『生きる』ことをあきらめなさい。生きることは常に犠牲の上に立っているものだ」
はっきりと言った信じられない言葉にボクは先生のほうに振り向いた。先生は真剣な面持ちだ。
作品名:名前を消せ! 作家名:柳 遊雨