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クロは壁のステンドグラスを眺めていたかと思うと突然瞳を大きく見開き振り向いた。
「『喰われる』んだと」
「喰われる? 何が?」
先生が問うとクロは体を向きなおして正面を向いた。ステンドグラスからこぼれる光の影がクロの姿を映し影は巨大に広がった。
「死神に魂を喰われるとアイツは言ったんだ」
もう振り向きもしないでただ見上げているクロの後姿はさびしそうに見えた。
「アイツはいつも何かに怯えていた。それも九月になったら頻繁に周りを警戒し始めとり付かれたようにノートに何かを書き始めたんだ。それがきっと死神についての情報だ」
「それじゃ、彼も妻と同じように死神について調べていたというのかい?」
先生は身を乗り出してクロに聞いた。
「正確に言えばアイツの両親だ。両親はどこからか手に入れた死神についての情報を調べるようになった。だが、三年ほど前に交通事故で死んだんだ」
「もしかして、このことを調べるためにこの数日間姿を見せなかったのか?」
疑問に思っていたこの数日間のクロの消息。この情報を得るためにいろいろなところに行っていたのだろうか?
「まぁそんな所だ。それよりも先生、十年前におきた事件を詳しく話してはくれないか? 前に聞いた話だと俺が調べ情報と少し違う。どういうことだ?」
凄みのきいた声は天井の高い教会によく響いた。反響して声が酷く冷たい。
「…わかった。この状況で嘘を言い切れる自信がない。白状しよう。以前に話した内容には一つだけ重大なことを話していなかったんだ」
「どういうことですか? 大事なことなら何故あの時言わないんですか!」
自分ひとりが取り残されている気分になった。クロはもちろんのこと先生まで真実を教えてくれないと言うのか?そんな理不尽すぎる。
「まぁ待て、お前だってわかってるんだろ? この事件はただの探偵ごっことは違う。ましてや、本の中のミステリーじゃないんだ」
クロが隣でささやく。そのくらいボクだってわかっているつもりだ。先生は教師でボクの担任。生徒が危ない事件に巻き込まれるのは避けたいんだろう。でも、ボクだって生半可な覚悟でこの事件に挑んだつもりじゃない。
ボクの意志の強さを見たのか先生は静かに語り始めた。
「少し長い話になる」
先生は教会の長いすに座りボクも授業のことなど忘れ先生の話に耳を傾ける。クロは相変わらず天井を凝視したままだった。
「あれは今から十年前。僕がまだ教師ではなく警備員の仕事についていた頃だ。妻の飛鳥と結婚してまだ五年しか経っていなくてね。彼女は結婚する以前から何かを探していたことは知っていた。けれど、僕はその内容は知らずただ何気に見過ごしていたんだ。彼女の探していた内容を知ったのは偶然だった。彼女の家系は代々霊感というものを持っているところでね。だが、彼女はまったくそのような力を持たずに生まれた。だから一族が追っていたあるものを独自で調べていたんだ。それが『死神』だよ。彼女が亡くなる数ヶ月前から今朝起こったようなことが頻繁にまわりで起こり始めてね。力のない彼女が独自に調べていたのが裏目になったのか、あまりにも深く知りすぎたのか、それは分からないけど…彼女はある日突然凶変した」
「え? 凶変?」
以前聞いたのは謎の死を遂げたということ、凶変とはいったい?クロはもうその事実を知っているのか落ち着いている。
「突然人が変わったように凶暴になったんだ。飛鳥は…自分の一族を殺して、最期は自分の額に猟銃をあてて死んだ。即死…だったそうだよ」
「…これが、真実か」
クロは何処から持ってきたのか古い新聞をボクの前に投げた。黄ばんだ新聞はどうやら、十年前のモノのようだ。

日付は十年前の1997年4月9日。新聞の一面には大きく『狂乱の果て犯人自殺』の文字が書かれている。
犯人の名前は「関 飛鳥」。旧名「不和 飛鳥」罪名、大量殺人。
関被告は4月7日深夜未明親類、二十八名を猟銃等で殺害。被告は翌日の8日、同事件で使われたものと同じ猟銃で自殺をはかり、午前四時三十二分、病院にて死亡を確認した。

あまりの衝撃に眩暈を起こしそうになった。これが死神の力というものなのだろうか?先生の妻は何を知っていたのだろう。なぜ、死ななければならなかったのだろうか?
「その疑問に答えてやろうか?」
クロは僕の考えを読んで人型になった。
「飛鳥という女は死神の心理を研究していた。故に気づいてしまったんだろう。死神が人間から生まれることを。そして事件は起こった。飛鳥は自ら『死神』という化け物を造ってしまったんだ」
「だから…飛鳥はその代償に死んだのか?」
先生はワナワナと振るえ声を絞り出す。クロは言葉を続けた。
「いや違う。代償ではなく、これは飛鳥本人が望んだことだ」
「望んだ? どういうことだ。彼女は自分の親族を殺しているんだぞ? 気でも狂ってなきゃ殺すはずがないだろう!」
ボクは自分のことではないのにどうしてこんなにムキになったのかわからない。
「お前は何を聞いていたんだ? 先生が言っていただろう。『彼女だけ力がなかった』とね。つまり親類から下げ荒んだ態度を普段からされ、心のうちにその醜い感情を隠していたんだろう。表じゃ『力がなくとも一族のために情報を探す良い娘』と演じ、心の裏では『復讐するために死神を造る』という二つの心が混じっていたんだ。結局、本当の望みが叶ったという訳さ」
「そんな…そんな事って…」
ショックが隠しきれない。僕自身とても裕福な家庭で育ったせいもあるのだろうが、ボクはあまりにも世間を知らなすぎた。勝手に自分で基準をつけて世間を見ていた。
「確かに…信じられない。だが、結婚した当初から彼女からそんな様子がなかったと言えば嘘になる。あの時少しでも僕が力になってあげていたらあんな事件は起きなかった…」
先生は落ち着いていた。きっとクロに言われる以前から薄々感じていたんだろう彼女の内に秘める冷たい感情に。
「勝手に自分で解決するなよ。人間は驕る。思いかぶった知識が死神を造るんだ。それだけは知っておけ」
クロはそれだけ言うと猫の姿に戻り教会を去っていった。
ボクと先生は二人して無言のままクロが去った扉をただ見つめているだけだった。


それから、数日経ってからのことだった。亡くなった生徒のロッカーから彼のノートが発見された。
見つけたのはセキ先生だ。他の先生ならそのノートは遺族か警察のほうに渡されていた。
「先生! 木場君のノートが見つかったって本当ですか?」
ボクは部室に来た先生を見るとすぐにノートの話を切り出した。そのノートにはきっと死神についてのことが書かれているはずだ。もちろん先生の妻である飛鳥さんが研究していた『死神を造る方法』も書かれているだろう。
「ああ。…あれ? 鈴木君だけかい?」
先生は部屋を見渡して聞いた。きっとクロのことを言っているのだろう。
「クロは居ませんよ。さっきどこかにいちゃいました」
「そうか、ではどうしようか? これはやはり彼にも見せなくてはいけないのではないかな?」
先生は手に持っていた鞄を持ち上げ中に入っていた一冊のノートを取り出した。
「大丈夫ですよ。クロも後でちゃんと来ますから、僕たちだけで中を見てみましょう。」
作品名:名前を消せ! 作家名:柳 遊雨