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「そんなこと、ボクだって分かっています。『死ぬ』覚悟だってこの事件に関わった時点で決めています。だけど…誰かを犠牲に出来るほどボクは人間が出来ていない。いや、そんな人間になんてなりたくない!」
「だったら…君は『死』を受け入れるのかい?」
冷たい言葉だった。今ここで『生きたい』と言葉にすればボクは誰かを犠牲にしなくてはいけない。大切なものを失うかもしれない。だけど死ぬことも大切だと言った先生の言葉が何度も頭をよぎる。
「ボクは…あぁ…なんて答えれば良いんだ? ……先生…何かを失う時に得るものは何ですか?」
「君が願う答えは僕には応えられない。あえて言うのなら、得るものは最も悲しい『喪失感』だよ」
先生はそう言って教室を後にした。
ボクは知らないうちに涙を流し、その涙は酷く冷たく地面を弾いた。


「僕が犠牲になろう」
そう告げられたのは僕の命が前日に迫った酷く紅い夕日の照らす放課後だった。
先生はおもむろに部室の扉をノックして入ってきた。もうすでにクロからあの方法を聞いていたのだろう。切ないような、複雑な笑みをボクに向けた後の言葉だった。
「何を言ってるんですか? 意味が分かりません」
「君はもう知っているのだろう? 唯一助かるかもしれないと言う方法を、だから僕が犠牲になると名乗り出たんだ。君は優しいから、自ら死ぬことを選ぼうとしたのだろう?」
見透かされた言葉に動揺が走る。もちろん表向きには冷静を装ってはいるが、先生の眼差しを見るとどうも心がザワザワして冷静さを保てない。先生の強い意志はどうやら本当に『犠牲』になるために来たようだ。
「…先生、お気持ちは嬉しいのですがその話はお断りさせて頂きます」
「僕のことなら良いんだ。もうこの世に未練はないんだよ」
「だめですよ。先生は生きてください。これはボクの責任です。きっと罰が当たったんですよ。こんな若造が身勝手に首を突っ込むから」
あきらめた顔をすると先生はボクに向かって土下座した。
「僕は君に生きることをあきらめろと言った。だけどあれは君に生きる意味を確認して欲しかったからなんだ。分かったはずだよ、生きることは犠牲が必要だということ。それはどんな条件下においても覆すことは出来ない。教師として言うのではなく一人の人間として君に可能性を感じて未来を託したいと思ったんだ」
言葉を切って頭を下げる。
「生きてくれ」
「ふっ、ははっはっははは!」
突然場違いな笑い声が響く、その元は横で静かに座っていたクロだった。いつの間に人形になっていたのか分からないが酷く可笑しそうにボクら二人の様子を見ている。
「人間って言うものは実に面白い生き物だな!自ら犠牲になるなんて…フッ笑いが止まらん!」
クロはそれだけ言うとまた狂ったように笑い出した。
「クロ…お前って奴は…どうして人を嘲笑うようなことをするんだ!」
ボクはクロの胸倉を掴み声を荒げた。クロはまだ笑っていて長い前髪から覗く黒耀の冷たい輝きが背筋を凍らせた。
「フッ…俺は事実を言ったまで、それをどう解釈するかは俺の自由だ。まぁ、これでお前は生き残れるんだから万歳じゃないのか? たかが知り合いの一人が死ぬだけなんだしな。」
「お前には大切に思う人はいないのか?」
怪訝しい顔で言って、しまったと思った。
「大切な…人ね…。さぁ?」
あまりにも味気ない様子に言葉が出なかった。大切ではなかったのか?元飼い主である『キバ ハジメ』を…
クロは静かに部屋を後にした。
「彼はいったい何者なんだろうね?」
先生が一言呟いた。今まで疑問だった。アイツはあまりにも矛盾している。
「…そんなことより、先生の申し入れは聞き入れませんからね!」
そう言うとその場にいることが出来なくてそそくさと部屋を退出した。先生は今だ部屋の真ん中で立ち尽くしていた。


『ただ、怖かったんだ。
ただ、悲しかったんだ。
夢も希望もただの虚無の世界に漂っているようで現実ではないソレにすがる事も出来なくて、
掴もうとした手は通り過ぎて、俺の世界を見捨てていくようで、
俺はただ一人、唯一の存在を信じて生きるしかなかった。
アイツを創るのはたった一つの憎悪とたった一つの哀しみで良い。
ソレがアイツの糧になる』

キバが書いたノートに『死神』を作る方法が書かれている。
詩調にはなってはいるがきっとこう言いたかったに違いない。

『憎悪と哀しみが死神を創るうえで必要な要素である』



「もうすぐだな」
誰かがそう呟いた気がする。僕は階段の踊り場に座っていた。
もう、こうして座っているのも三時間くらいになる。今日は土曜日で本来ならば学校は休み。部活のある生徒と教師しか来ることのない日である。朝からこの状態でいるのも飽きてきてはいるのだが命のかかった日でもあるので呑気に家にいることも出来ない。
「まだここにいるつもりか?」
振り向くとクロがそこに座っていた。首を傾げる姿は可愛らしい猫だが性格はなんとも言い難いほど子憎たらしいものだ。それに加え正体の掴めない謎の多い生き物だ。
「…先生はどうしてる?」
「さぁな? どこかで命を捨てる覚悟をしている生徒を見張ってるんじゃないのか?」
冗談のつもりなのか笑えない言葉に苦笑の溜息がでる。きっと先生はこの近くにいるんだろう。もしかしたら『アイツ』が来た瞬間ボクを跳ね飛ばしてでも犠牲になるつもりでいるのだろうか?
「クロ…いつ死神はやって来るんだろう。お前は知らないのか?」
「俺が知るわけがないだろう。大体命捨てる覚悟ができているんならいつ来ても一緒だろう?」
クロはボクの隣で胡座をかきはじめた。なんだか緊張感のない奴だな。
確かに覚悟は出来てるつもりだった。でも死ぬことをこんなに考えたことがなくてなんだか変な感じなんだ…
「知ってるか? ソレを『恐怖』って言うんだぜ」
クロがボクの考えてることを読んで話しかけた。クロの姿を横目で捉えながら真っ直ぐ正面を見つめる。
「何だよソレ。恐怖なんて感情はもうとっくに知ってるよ」
「今思ってる感情がなんだか分からないんだろう? だから教えてんじゃないか。それが死に向かう者しか分からない本当の『恐怖』さ。全身が冷たくて、でも何だか落ち着いている。そうなんだろ」
「そうだけど…。何でお前がそんなこと知ってるんだよ!」
自棄になって話しかけるとクロは黙ったまま正面だけを見続けている。
仕方ないからボクも前を見るだけにした。だんだん周りの音が遠ざかっていくようだ。まるで深い眠りに堕ちていくかのようにボクの意識を暗い闇に引き込まれていく。


それから、ピタリと音が消え、本当の闇が世界を包んでいた。そう、ソレが合図だったのだ。


目の前が何も見えない。自分の指先でさえ見えないほどの闇がそこにあった。
「クロ? クロそこにいるんだろう? 返事しろよ!」
ボクは側に居るはずのクロを呼んでみる。しかし声が届かないのか、まったく返事が返ってこない。
「くそ! どうなっているんだ!」
焦っても何も変わらないのは分かっている。でもどうしようもない『恐怖』がボクを包んでいる。この状態を回避させる方法はないのだろうかと模索はしているがパニックになっているのか中々良い案が浮かばない。誰か…!
作品名:名前を消せ! 作家名:柳 遊雨