星の帝国
「わかっているよ。でも、叶わない祈りはないんでしょう? リリアはいつも言っていた――神様はどんな願いでも叶えてくださるって。叶わない祈りはないんだって」
「よいですか、殿下」
ハワードの背丈に合わせてかがんだモグは皇子の両肩をそっと掴むと、澄んだ碧眼を濃褐色の両目で覗きこんだ。
「この世には叶わない祈りも、叶ってはならぬ願いもあるのです。たとえば死人を生き返らせること――それは後者の祈りです」
「どうして叶っちゃいけないの? そんなこと聖典に書いていないよ。ぼくは読んだことない。祈りが叶わないからって、神様を疑うのはいけないことだって聞いたよ」
「叶うことが禍(わざわい)となる祈りは叶いませぬ――どれほど願っても。これは変えようのない事実でございます」
今にも泣きだしそうな顔をしながら首を振る皇子に、近衛隊長はほとほと困り果てたといった様子でため息をついた。
「……よいでしょう。今からあの少女のもとに連れていって差しあげます。そこでお見極めください」
死者は生者には決してなれない――。モグがハワードに悟らせたかったのはそれだけのことだった。しかしそのおこないは、終わりの始まりの引き金となってゆく。もしもこのとき、どちらかに予知能力のかけらでもあれば、未来は変わっていたのだろうか――。
「本当に連れていってくれるの?」
「少し見るだけですよ。陛下に知られたらただではすみますまい」
モグの口調には憐れみと不機嫌の色が厚く塗りたくられていたが、近衛隊長である彼は結局、皇子に甘いのだ。
我が子を散歩に連れてゆく父、素直に親に従う子のようにしてふたりは進んだ。
しばらく歩くと、薄汚れた天幕が群れからはぐれた羊のようにぽつんとたたずんでいた。虚ろな瞳と半開きの口を隠そうともしない何十人もの少女たちがそこを囲んでいる。ふらふらと立っている者、砂の上に腰をおろしている者……まるで貧民街の一角だ。
「銀髪のあの子はどこだろう」
ハワードはみずからの胸元を掴むように押さえながら、少女たちの頭を遠目に確かめてゆく。黒髪、栗色、黒髪、栗色、金髪、また栗色……。銀色は見つからない。
眼前の光景を凝視しつづけるハワードを、モグはため息をついて見下ろした。
「いないようですね」
「きっと天幕のなかにいるんだよ」
「あ、殿下!」
突然に暴れだした皇子の手を離してしまったのは、近衛隊長の過失だった。逃れた皇子はすばしっこく天幕のなかに突進してゆく。
なかは薄暗く、疲れ果てた少女たちでごったがえしていた。一人の軍医と二人の看護婦が忙しく歩きまわっている。
銀髪を捜しつづけるハワードに届いたのは、ざわめきを貫いて響く甲高い叫び声だった。
「触らないで!」
「わたしたちは悪いことなんてしないよ」
軍医の冷静な返答に向き直ったハワードは、目を見開いた。
伸ばされる手を、銀髪の少女が振り払っている。腰まで届く髪は乱れ、汚れたワンピースから覗く手足に散る擦り傷と軽い火傷。
「こっちだよ!」
座りこむ少女たちにつまずきそうになりながら、輝く銀色にめがけて彼は走った。
「殿下!」
驚愕する軍医とモグの声が重なった。
ハワードは呆然とする少女の手を取ると、追いかけてくる声とは反対側に駆けだした。