通り雨の中で
「あ、じゃねぇよ。お前、ずぶ濡れじゃねぇか。ほら、何やってんだ。急いで帰るぞ。夏だからって、それじゃあいくらなんでも風邪ひくだろうが」
そう言って、私の手をとり、引っ張ろうとする。
「は、はなして!」
思わず叫んだ。
「わ、わりぃ。痛かったか」
ち、違う。痛くない。言おうとして、声が出ない。
だめだ、泣く。
泣くな。
泣くな、私。
泣くな、詩織。
駄目だった。
声をあげて泣いた。
涼太が目の前にいるのに。
涼太が視界に入る。突然のことに驚いているようだった。
しばらくすると、涼太は無言で私の手を掴み、歩き出した。
私も、今度は黙ってついて行く。
涼太が手を握ってくれると、不思議と落ち着いた。
私が泣きやんだことを確認すると、涼太はゆっくりと話し始めた。
「俺な、今日、後輩の女の子に告白されたんだ。そんで、可愛い子だったから、付き合ってみようかって、思ったんだ。俺、彼女できたことないし」
私は、涼太の話を、無言で、でも不思議と落ち着いて聞いていた。
涼太は続ける。
「だけどな、手をつないで歩いたんだけど、なんか、違うんだよ。思ってたのと、なんか違うんだ。でな、気付いたんだ。俺の隣にいるのは、この子じゃないんだって」
そう言って、涼太は私のことをじっと見つめた。
それ以上、涼太は何も言わなかった。
私は、涼太が何を言おうとしているのかわかっていた。
すごく、うれしかった。
本当に、うれしかった。
だから、私はこう言った。
「ばーか、なにやってんのよもったいない。早く戻んなさいよ、彼女のとこ。これを逃したら、もうあんたに彼女なんて一生できないよ。ほら、私はもう大丈夫、一人で帰れるから。今ならまだ間に合うでしょ。ダッシュで戻れ!女の子悲しませんな!」
涼太は、ぽかんとした後、一瞬、私じゃなければ気付かないくらいのほんの 一瞬、悲しい顔をして、それから今来た道を駆け戻っていった。
涼太の姿が見えなくなった後、私はなんだか愉快な気分になった。
「あいつ、振られたと思ったかな」
声に出してつぶやくと、ふふっと、笑いがこぼれた。
ぽつり。
ぽつりぽつり。
また掌に雫が落ちてきた。
空を仰ぐ。雨は降っていない。