WonderLand(上)
リリーと呼ばれたカウンターの中の奇妙な出で立ちのその人は、不機嫌そうに棚からグラスを取り出した。
女性に勧められるままに、あたしは女性と一つ席を空けて、スツールに腰掛けた。足が床につかなくて、なんだか落ち着かなかった。
どうしてあたしは此処に居るのか、どうしてあたしは此処へ来たのか。あたしは、このすぐ隣にいる女性に、父との関係を問いたださなくてはいけない。そうでなければ、此処へ来た意味がない。でも、そのことをなかなか口に出すことができなかった。
「アリスちゃん、アリスちゃん。アリスって、可愛い名前ね」
そう云って、女性は何度も何度も、まるで歌を歌うかのように、あたしの名前を諳んじた。スツール一つ分空けて隣に座っている女性は、同じ人間であり同じ女であるのに、まったく別の生き物であるかのように美しかった。それは、隙のない美しさで、父との関係への憤りを通り越し、なぜこんなにも美しい女性が父を選んだのかということに疑問を感じた。
「…アリスって名前、嫌い」
あたしはようやく、それだけを口にすることができた。
「あら、どうして?可愛い名前じゃない」
「…アリスっぽくないから、馬鹿にされるし」
「あら、あなたアリスって名前にぴったりの容姿をしているわよ。アリスといったらディズニーの不思議の国のアリスを連想しがちだけれど、元はルイス・キャロルの童話を原作にしているの。彼は、その物語をアリスという現実に愛した童女をモデルにして書いたのよ。そのアリスは、髪は金髪ではなくて黒髪のボブ、顔立ちも東洋系だったのよ。本当のアリス、あなたによく似ているわ」
確かにあたしの髪型は、黒髪でボブだった。東洋人という人種がどんな顔立ちなのかはわからなかったけれど、欧風ほどの彫りの深い顔立ちではないのだろうと思った。だって、あたしは日本人らしい、凹凸の殆どない顔立ちだったのだから。
「はいよ」と、リリーさんがあたしの目の前にエメラルド色の液体を置いた。
「なんだい、メロンソーダなんか珍しいもんじゃないだろう」
そのじろりと睨みつける目が怖くて、あたしは慌ててそのエメラルド色の液体を咽喉に流し込んだ。炭酸がしゃーしゃーときいていて、咽喉の奥が熱くなった。
「ガキは嫌いだよ。出してやっても、愛想一つ振りまきやしない」
「その割には、ガキを待ってるじゃねぇか」
作品名:WonderLand(上) 作家名:紅月一花