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WonderLand(上)

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「阿呆なこと云わんでくれるか?こんなガキ使うたら、サツにしょっぴかれるわ」
 シホさん、と呼ばれた女性が、鬱陶しそうに答える。老人はあたしを舐めるようにじろじろと見ながら、「ほな、シホさんの子どもかいな」と、顔をにやつかせて云った。
「うちをそんな年寄りにせんといてくれるか。こんなでかい子ども連れてるほど、年いってへんよ。リリーさんとこに用があるみたいやさかい、連れてったるだけや」
 リリー、という名前に、老人は目をきょとんと丸くした。
「なんやあのジジイ、隠し子か」
「知らんわ。隠し子て、ホモが孕むか、阿呆」
 あたしは、ただただ二人の会話を黙って聞いているしかなかった。ただ、この街はあたしには場違いで、これから行こうとしている場所も同じように場違いなのかもしれないと、そんなことを思った。
 老人と話し終えた後、女性は振り返ることもなく、十センチ以上もあるだろうハイヒールをかつんかつんと鳴らして、足早にどんどん歩いていく。その後を追いかけるのは大変だった。
「ここや」
 ようやく女性が足を止め、あたしに向き直ったのは、これまで見てきた建物や店とはまったく佇まいを異にした店の前だった。
 WonderLandと小さく書かれたその店は、以前母と入った欧風の喫茶店の外観を思い出させた。古い洒落たランプが、繊細な木彫りを施した扉の横に掛かっている。
「アンタ、何しに来たんか知らんけど、あんたみたいな子どもが出入りする街とちゃうよ、ここは」
 大きく頷くと、女性はそれ以上何も云うことなく、さっさと歩いていってしまった。お礼を云い忘れた、そう気付いたのは、女性の姿が見えなくなってしまった後だった。
 店の中を覗こうと思ったけれど、磨りガラスでまったく中の様子を窺うことができなかった。ただ、灯りがついていることだけがわかる。一見喫茶店のようにも見える。でも、メニューも何も、張り出されてはいない。
 しかし、ここまで来て入らないわけにはいかなかった。恐る恐る、その重々しい扉を押した。
「いらっしゃい」
作品名:WonderLand(上) 作家名:紅月一花