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WonderLand(上)

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 女性が不意に、少しだけ後ろを振り返った。その横顔には、小さな笑みが見えたような気がした。女性はポケットから何かを取り出して、通路の端に置かれていたもみの木にすれ違う際、それを素早く挿した。
 父はそのことには気付かず、そのまま二人はエレベーターに乗り込み、あたしの尾行はそこで終わった。ビルの館内図を見ると、上はホテルになっていた。
 もみの木に挿された紙のようなものは、始めからそういう飾りであったかのように、自然とそこにあった。手に取ると、それは名刺のようなものだった。

 WonderLand

 表に書かれているのは、たったそれだけだった。裏には地図が載っており、それがどこかのお店か場所をを示していることがわかった。名前と地図だけ、その他に色も飾りも何もない、シンプルな名刺だった。
 それが、あたしとウサギの出会いだった。




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 WonderLand
 その場所に足を向けたのは、父と女性の逢い引きの場を見てから、四日後のことだった。
 秘密というものほど、酷で人を苦しめるものはない。それを誰にも云うことができないのは、秘密を持つこと以上にもっと辛い仕打ちだった。幼い時分には、友達同士で秘密だと云って好きな人を云い合いっこしても、それをすぐに誰かに「秘密だよ」って話たがる。幼い子どもは、秘密を持つには早過ぎる存在だ。そういう意味で、あたしは早熟した子どもにならざるを得なかった。
 あの翌日、父はまるで何もなかったかのように、家へ帰ってきた。何も知らない母と弟は、そんな父をいつものように出迎えた。父は、昨夜はトラブルがあって大変だったという話をし、母はその話にとても真面目に相槌を打った。
 すべてが、ブラウン管の中の芝居のようだった。
 父の言葉が嘘であると知っているあたしは、父が芝居を打つ役者に見えた。それを受け入れる母と弟もまた、芝居をする役者に見えた。今まで交わしていた会話や自然とそこにあった家族団欒が、すべて人工的なもの、芝居だったように思えた。あたしたちは、「家族」というタイトルの芝居を、それぞれの役になりきって演じているだけだったのではないか。父は、「父」を演じる、男だった。そのことを知った今、あたしの中の「娘」という役割の歯車が、微妙に狂っていた。
作品名:WonderLand(上) 作家名:紅月一花