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WonderLand(上)

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「陰にどっぷりと身を預けてしまった人間の行く果ては、ひどいもんだ。この街には、陰に身を預けて破滅していった輩が沢山集まってるのさ。身体を売ってでしか生きていけない風俗の女、薬漬けになった薬中の輩、女を買い漁ってたら借金が膨らんで暴力団に追われてる輩。どいつもこいつも、陰を追い掛け過ぎたんだ。ここはそういう陰に侵食された輩の街なんだよ。一度陰に呑みこまれてしまえば、日向に戻るのはそう容易なことじゃない。
 アンタは、どういう理由あれこのままモモコに関わっていこうとすれば、結末はきっと破滅だろうよ。アタシらみたいになりたくないだろう?」
 リリーさんがカウンターかた手の平をあたしの方へ伸ばした。派手なネイルげ施された皺々の手の平が、あたしの頬を包み込んだ。とても冷たい手だった。
「もう二度と此処へ来るんじゃないよ、この街にも。傷は、いずれは癒えていく。癒してくれるのは、この街でもモモコでもない。アンタが生きる、アンタの時間だけなんだ」
 そう云うと、リリーさんはそれ以上何も云わなかった。
 エメラルド色の液体を咽喉に流し込み、あたしは店を出た。外はすっかり陽が傾いていた。
 傷はいずれ癒えていく、リリーさんはそう云った。傷なのだろうか。父とウサギの関係を知り、あたしが抱えた陰は、あたしの傷なのだろうか。
 陰とは何なのだろう。
 どうして此処へ来たんだっけ。あたしは何を求めて此処へ来たのだろう。
 改札を通ろうとしたところで、「アリス」とあたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。
 背筋を冷たい蛇がするりと通るような緊張が走った。振り返ると、そこにはウサギが立っていた。黒の、身体のラインが際立つすっきりとしたワンピースを身に着けたウサギは、思わず息を呑むほど美しかった。
「絶対また来るって思ってたいたわ。店の方に、あたしに会いにきてくれたのかしら」
 モモコに関わるな、というリリーさんやシホさんの言葉が思い出される。黙っていると、ウサギは「丁度良かった」と、嬉しそうにあたしの腕を取った。
「今からパパに会うのよ。大阪でね、前にあなたと出会ったあの場所で、パパと会う約束をしているの」
 父が、今朝家を出る際に「当直だから」と云っていたのを思い出した。「頑張ってね」と母は笑顔で父を送り出し、父は母に「愛してるよ」と、投げキッスをした。
 陰とは何なのだろう。
作品名:WonderLand(上) 作家名:紅月一花