WonderLand(上)
息子は、ちょうど今のアンタと同い年くらいだったんだよ、まだ小学六年生だった。あれは、夏のある日曜日のことだったよ。タケルとあの子の母親は学校の行事で出掛けているはずだったんだ。夜遅くまで帰ってこない、あたしは当時付き合っていた若い男を家に呼んで、セックスをしたんだ。そしたら、タケルが帰ってきたんだよ。行事を抜け出してきたんだ、父親と遊ぶ方が楽しいって。タケルは、偶然アタシが男に突かれているのを見てしまったんだよ」
白い煙が、何度も何度もリリーさんの口から吐き出され、店内はその煙でぼんやりと霞んだ。
「アンタは何だい、モモコと父親が寝ているところを見たのかい?」
突然話題があたしに降りかかってきて、あたしの視線は一瞬宙に浮いた。それから、クビを大きく横に振った。
「ホテルに入るところだけ」
リリーさんは、短くなった煙草を灰皿に押し付けながら云った。
「男って生き物は、チンポをはやしてる限り、女のケツを追いかける生き物なんだよ。アンタのショックはわかるよ、でも陰は追いかけすぎないのが身のためさ。
父親が汚らわしく思えるなら、父親から離れればいい。母親に云いつけたいならそうすればいい。家庭をどうこうするのはアンタの勝手で、それは全部父親が悪いんだ。アンタのせいじゃない。そうさ、全部父親が悪いんだ、アンタ自身を苦しめるもんじゃないよ。
モモコはああいう女だ。あの子の云う、陰の世界の中を潜り抜けて生きていこうとするだろうよ。だけど、アンタは違う。アンタまでが陰の世界に生きる必要はない。誰にだって、隠している部分や欲求はあるもんさ。人の陰は、陰だと割り切って見て見ぬ振りしてやるんだ。それが、世の中を渡っていくコツなんだよ。子どものアンタにはちょっと難しいかもしれんが」
あたしはリリーさんの言葉を半分も咀嚼できていなかった。ただ、シホさんという女性と同じように、ウサギに対して距離を置けと云っているのは、なんとなくわかった。
作品名:WonderLand(上) 作家名:紅月一花