WonderLand(上)
そう云われても、あたしにはその意味がよく理解できなかった。クローズという言葉の意味を知らなかったのだ。そのことにリリーさんも気付いたのか、あたしの腕を掴んで店の外へ出た。「CLOSE」と書かれた札を指し、「これは店が閉まってるって意味なんだ」と、荒々しく云った。
「もういいよ、中に入りな」
リリーさんは、先ほどの激しい口調とは打って変わった静かな口調で云うと、店の中へ戻って行った。あたしは完全に怯えきっていたけれど、黙ってその後について中に入った。
前と同じ席に座り、窺うようにリリーさんを見て、「ごめんなさい」と、とりあえず謝った。
「もういいさ、これも運命だ」
憤怒の表情はだいぶ緩んでいて、リリーさんは前と同じエメラルド色の液体の入ったグラスを、あたしの前に置いた。今度は、ありがとうございますと、お礼を云って受け取った。
リリーさんは、あたしに何をしにきたのかを問いただすようなことはしなかった。しばらく沈黙が続いたが、リリーさんがそれを破った。
「あれはアタシの副業なんだ。男にケツ売って一時間一万、安いもんさ」
その言葉に何と答えていいのかわからず、あたしは黙って話を聞いていた。
「アタシの男とのセックスを見たのは、アンタで二人目だよ。もう一人はタケル、あたしのかつての息子だった」
タケル、という名前に聞き覚えがあった。前に此処へきたときに、あたしを見てリリーさんが間違えた名前だった。あのときは何のことだったのかはわからなかったけれど、今ようやくわかった。
リリーさんは煙草を一本取り出して火を付けた。それをゆっくりと吸い込み、深く、深く、吐き出した。白とも灰ともつかぬ曖昧な煙が、ぼんやりと宙を踊った。
「アタシも、かつては普通の男として生活していたんだ。アンタの両親と同じように、ごく普通の家庭を築いていた。でも、男として家庭を築くと同時に、アタシは女としての自分を捨てられなかった。男にケツを突かれるセックスを、あたしはやめられなかったんだ。
作品名:WonderLand(上) 作家名:紅月一花