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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ローゼン・サーガ

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「はい、アイリス様。わたくしにはキース様と旅をする資格などないのではないでしょうか?」
「あなたはラルソウムの長様に選ばれた存在。あなたは長様を疑うのですか?」
「いいえ、でも、わたくしは……」
 自信のなさがローゼンの声を震わせる。そんな彼女にこの精霊は聖母のようなやさしい声をかけた。
「自信をお持ちなさい。あなたは自分自身で思っているよりも素晴らしい精霊です。自分に自信を持てない者が他人に自信を与えることができますか?」
「いいえ、できません。わたくしは落ち込んでいるキース様を励ますことができませんでした。人間の気持ちを理解しようとしても、わたくしにはわからないのです」
「人間も精霊も心は同じ、ただ、育って来た環境が違うだけです。きっと、心は通じ合えるはず、あきらめないでキースを支えてあげてください」
 美しく咲き乱れる花畑の上を、男の容姿を持った精霊がふあふあと飛んで来た。
「また、君が来たのか」
「はい、皆様のご意見をお聞きしたくて参りました。クローカス様のご意見も伺えないでしょうか?」
「僕らはローゼンのことなら何でも知っている。けれどね、僕らに頼りすぎるのはよくないことだよ」
「ですが、どうしても、自分ひとりでは解決できなくて」
 アイリスはやさしく微笑んだ。
「クローカス、ローゼンは私たちを頼りにここに来たのですよ」
「しかし、アイリス。彼女は他の精霊に比べてここに来る回数が多い。僕らを頼りすぎるのは彼女のためにならないと思うよ」
 二人の会話を聞いてローゼンは少しうつむいてしまった。それを見かねたクローカスは仕方なく助言をした。
「今君の周りには三人の人間がいるだろう。人間のことが知りたいのならば、僕らではなく彼らに意見を聞くべくだと思うけど?」
 うつむいていたローゼンは決意を胸に宿し、顔を凛々しく上げた、
「わたくしはもう現実の世界に戻ります」
 ローゼンは〈夢〉から覚めようとした。だが、それを美く気高い女性の声が止めた。
「お待ちなさいローゼン!」
 ローゼンが振り向いた先には、白く美しい大輪の花をあしらったドレスを着た中性的な顔立ちをした精霊が立っていた。その姿と顔は、この世のものとは思えぬ妖艶漂う美しさだった。そう、この精霊は全ての精霊の中で最も美しく最も高貴な存在だった。
 その精霊の姿を見たアイリスとクローカスは、すぐさま敬意を表して地面に膝を付きお辞儀をした。
 アイリスは歌うように賛美しながら聞いた。
「お美しい我々の姫君よ。何故ローゼンを止めるのですか?」
「彼女がここに来たのは自らの意思ではなく、わたしが呼んだからです」
 ローゼンは思わぬことに目を丸くした。
「わたくしがあなた様に……あなた様はいったい誰なのですか?」
 ここには何度か訪れたことのあるローゼンであったが、この精霊には今日初めて出会った。
「私は〈精霊の君〉。全ての精霊の母であり、この〈夢〉の世界の管理者でもあります。そして、あなたは私の意志によりここに呼ばれたのです」
 ローゼンがかねてから思い抱いていたこと。けれども、一度も聞けなかったこと。聞いてしまったら、この世界が消えてしまいそうだったから聞けなかったこと。しかし、この方になら……。
「〈精霊の君〉、あなた様にお伺いしたいことがございます」
「そのために私は存在します」
「この〈夢〉の世界は、あなた様方はいったい何者なのでしょうか?」
「この〈夢〉の世界に住むアイリスやクローカス、そして私を除く他の精霊たちは皆、現実の世界から消滅した者たち、ここは現実の世界から消滅した精霊たちが集まる楽園」
 クローカスが今の説明に補足を加える。
「現実世界の精霊たちが、自らを生む前に消滅した時にこの楽園に来るのだよ。これがシビウ聞かれて君が答えられなかった答え」
 ローゼンは心を直接覗かれたような気分だった。ここにいる精霊たちは自分の全てを知っている。いや、世界の全てを知っているのかもしれない。
 この〈夢〉の世界は精霊たちにとって、人間たちが死んだ時に訪れる天国のような場所なのだ。現実の世界で消滅した精霊の精神は必ずここに来る。だが、〈妖精の君〉だけは違った。
 〈精霊の君〉の声がそよ風に乗る。
「この世界は私の創りあげた世界。この世界は私の見る〈夢〉の世界。もうすぐ私は目覚めます」
 この言葉はアイリスとクローカス、そして、この〈夢〉の世界に住む全ての精霊に伝わり、皆を驚愕させた。
 アイリスは叫び声をあげた。
「美しき〈精霊の姫君〉よ、この世界が消えるとは本当なのですか?」
 〈妖精の君〉の〈夢〉が終わる時、〈妖精の君〉が永い眠りから目覚める時、それはこの〈夢〉の世界の消滅を意味していた。
 辺りに突風が吹き荒れ、花々が激しくざわめいた。この〈夢〉の世界が消えてしまうことに恐怖したのだ。
 風に乗り、クローカスは〈精霊の君〉に詰め寄った。
「気高き精霊の母君よ、この世界が消えてしまったら、僕たちはどうなるのですか!」
 〈精霊の君〉は沈黙していた。この時間はほんの数時であっただろうが、この場にいた者たちには永遠に等しい時間に感じられた。
 麗しい〈精霊の君〉の口がゆっくりと開かれた。
「私が目覚めたと同時に、この世界とこの世界に住む全てのものは〈混沌〉に還るのです。そして、今がそれです」
 炎に包まれ燃えあがる世界。紅蓮の炎が世界を焦がし、燃やし、溶かし、〈混沌〉に変えていく――。
 世界が壊れ、地面すら、空さえも壊れた。全ては崩れ落ち、〈混沌〉の渦に呑み込まれていく。
 現実へとローゼンの意識が強引に引き戻されていく中、彼女は渦巻く叫び声の中に〈精霊の君〉の声を聞いた。
「――私を探しなさい。そして、逢いに来なさい」
 〈夢〉の世界は崩壊し、〈混沌〉へと変わった。

 太陽が東の地平線に顔出し、シビウが馬車の中に戻ると、すでにキースとローゼンは起きていた。しかも、二人とも暗い表情をしている。
 シビウは暗い表情をしている二人が気になりはしたが、放って置いてマーカスを叩き起こすことにした。
 マーカスは大の字になって大いびきをかいて寝ている。叩き起こし甲斐のある大そうな眠りっぷりだ。
 仔悪魔の笑みを浮かべたシビウの足が、マーカスの腹に強烈な一撃を加えた。大いびきは一瞬にして止まり、マーカスは目を剥いた。
「この野郎シビウ、てめぇ何しやがる!」
 飛び起きたマーカスはシビウの胸倉を掴んで彼女の身体を持ち上げた。だが、シビウに脛を蹴られて思わず手を放してしまった。
「痛てえだろうが!」
「あたしはねえ、一晩中神経使って見張りして疲れてるんだよ。もう寝るから、後のことは頼んだよ」
 シビウは横になるとすぐに寝息を立てて眠ってしまった。
 マーカスは身体を伸ばしながら歩き、食料の入れてある箱からパンを一切れ取り出すと。それを口に加えながら馬車の運転席へ向かって行った。
 馬車はラルソウムへの道を急いだ。車内ではキースとローゼンが何もしゃべらずに考え事をしている。
 キースが突然立ち上がりローゼンの横に座った。
「何かあったのか?」
 キースが口を開いたのは?あの時?以来だった。彼は昨晩の夕食の最中も一言もしゃべってはいなかった。