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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ローゼン・サーガ

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「放してくれ、お願いだ、もう変なマネはしないって誓うからよ」
「ふん、情けない男だねえ」
 鼻で笑ったシビウはマーカスの腕を放り投げるようにして放した。そんな二人を見てローゼンは目を丸くしていた。
「あの、お二人って……?」
 ローゼンに聞かれ、シビウはワインを飲み干しうんざりした顔をした。
「この男はあたしの元旦那でね。あの頃のあたしは若かったから年上に男なんかに憧れちまってねえ。今思うと、あたしの人生で最大の失敗はこいつと夫婦になったことだね」
「はあ、そうなのですか」
 精霊には性別というものがなく、結婚という概念が理解できなかったが、ローゼンはとりあえず話に合わせてうなずいて見せた。
 ローゼンの見た目は美しい女性だが、性別的には実際は女性でも男性でもない。ただ、容姿と性格は女性に近い。
 馬車の中の明かりは、ランプに似た魔道具にあらかじめ魔動力を溜めて置くことによって、夜でも一晩中の間馬車の中を照らしておくことができる。だが、食事を終えるとすぐにその明かりを消して、早朝からの出発に備えた。
 就寝の間、馬車の外をマーカスとシビウが交代で見張りをすることになった。最初に見張りをするのはマーカスだった。
 マーカスは馬車の外で火を焚き見張りを始めた。するとすぐにローゼンが馬車の中から降りて来た。
「ご一緒させていただいてよろしいでしょうか?」
「眠れないのか?」
「いいえ、そうではありません。精霊の?眠り?は人間が眠るのとは理由が異なるので、特別なことがない限りは眠らなくても平気なのです」
「俺は精霊のことなんて全くって言っていいほど何にも知らねえし、実物の精霊に会ったのもあんたがはじめてだ。でもよ、見た目は人間に似てるのに、こんな人間とは違うとはなあ」
「わたくしもそう思います。人間はわたくしの理解できない部分が多いようです」
 ローゼンは少しうつむき加減になった。もっと人間のことを理解したいと思うが、自分の育って来た環境に全くなかった考えを理解するのは困難なことだった。
 ラルソウムの里をローゼンが出たのはほんの二日ほど前のことであった。その時まで人間の世界のことなど話でしか聞いたことがなかったローゼンは、突然里の長に呼ばれてキースを連れて来るように命じられたのだ。
 大役を仰せつかってしまったローゼンは困り果ててしまったが、長の命とあっては行かないわけにはいかなかった。しかし、里を旅立ってからというもの、ローゼンの心から不安が消えることはない。今でも何故自分がこんな大役を仰せつかってしまったのかわからないでいた。
 マーカスはシビウに捻られた腕の調子がまだ悪いらしく、関節を伸ばしたり折り曲げたりを何度も繰り返していた。
「あの女のせいでまだ腕の調子がおかしいぜ」
「大丈夫ですか?」
「まあな、俺だからこの程度ですんだが、普通の奴だったら骨が折れちまってただろうよ」
「そんな力で捻られたのですか!?」
「あいつはいつも手加減なしだからな。昔はもっと可愛げのある娘だったんだが、今じゃあそこいらの男より腕が立つ凶暴女だ」
「でも、以前は夫婦だったのですよね?」
「まぁな」
 マーカスは少し照れくさそうに笑った。まだ、彼はシビウのことを愛しているのだ。
「でもよ、ふられちまったんだよな」
「どうしてですか?」
「少し女遊びし過ぎてよ、愛想尽かされちまった」
「わたくしにはまだ仲がよろしいように見えますが?」
「仲がよくたって、男と女の関係じゃねえからな。戦友ってやつさ」
「はあ、そうなのですか」
 男と女の関係と言われても性別の存在しない精霊であるローゼンには理解しがたいものだった。
 ――夜は更け、マーカスとシビウの交代時間になった。
「俺はシビウを起こして来るから、ちっとの間見張りをしててくれ」
「はい、わかりました」
 マーカスがシビウを起こしに行ってしばらくしてから、眠そうな顔をしたシビウが現れた。
「よお、ローゼン。あの男に変なマネされなかったかい?」
 まだ、目がちゃんと覚めていないせいか、シビウの言葉は口の中に何かを入れてしゃべっているようだった。
「変なこととはどのようなことでしょうか? わたくしはマーカスさんとお話をしていただけですが?」
「ならいいさ。でも、あの男は女には見境なく手を出すからあんたも気をつけな」
「見境なく手を出す……?」
 言葉の意味が理解できずローゼンは首を傾げてしまった。
「精霊ってのはそんなことも知らないのかい?」
「はい、見境なく手を出すとはどのようなことでしょうか?」
「女の尻や胸をいやらしい手つきで触ったりすることさ」
「はあ、そうなのですか」
 シビウの簡単な説明を聞いてもローゼンにはまだ理解できなかった。それでもうなずいて見せた。
 ローゼンのすぐ横に座ったシビウは長い腕をローゼンの肩に回して来た。
「あの、何でしょうか?」
「女のあたしでもあんたの美しさには惚れるよ」
 シビウは色っぽい顔つきをして自分の顔をローゼンに近づけるが、ローゼンはきょとんとしているだけだ。
「どうしたのですか?」
「……つまらないねえ。何にも反応がないんじゃ、からかいようがないじゃないか」
「わたくしをからかっていらっしゃったのですか?」
「あんたには効果がなかったみたいだけどね」
 ばつの悪い顔をしてシビウはローゼンの肩から腕をすっと退けた。シビウにとってこんな無反応な相手は男も女も含めてはじめてだったのだ。それだけ彼女は自分の魅力に自信を持っていた。
 シビウは調子の狂わされた気分を元に戻そうと適当な話をはじめた。
「それで、マーカスとはどんな話をしたんだい?」
「そんなに大した話はしていませんが、シビウさんことを『昔はもっと可愛げのある娘だったんだが、今じゃあそこいらの男より腕が立つ凶暴女だ』と言っていましたよ」
 別に告げ口をしようとしたわけではなく、ローゼンにとっては何の悪気もない普通の話だったのだが、それを聞いたシビウは顔を真っ赤にして怒った。
「なんだって! あの男がそんなこと言ったのかい!?」
「……ええ。あの、何か悪いこと言いましたか、わたくし?」
「ちょっとあの男を叩き起こして来る」
「え、あの、どうしたのですか急に?」
 急に立ち上がり馬車へ向かおうとしたシビウの腕をローゼンは慌てて掴んだ。
「待ってください」
「……そうだね、ここであたしが行ったらあの男の言った通りの女になっちまうね」
 気を静めてシビウはゆっくりと地面に腰を下ろした。しかし、その顔はまだ少し引きつっている。
「あの、何故急にお怒りになられたのですか?」
「あたしも女だからねえ、強暴だなんて言われたら怒りもするさ」
「女性の方は凶暴と言われると怒るのですか?」
「あんたも女だろ? そのくらいのこと考えなくてもわかるだろ」
 この質問は精霊であるローゼンには愚問であった。
「わたくしの容姿は人間の女性に似ているかもしれませんが、精霊には性別というものがないので、女性の気持ちはわかりかねます」
「あんた女じゃないのかい?」