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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ローゼン・サーガ

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 最後の部分だけが不安だった。本当にキースたちについて来て正解だったのか、キロスはまだ少し不安だった。
「あんたのお陰であの巨人が倒せたんだろ」
 シビウはキロスの背中を強く叩いた。
「痛っ!」
 先ほど地面に叩きつけられた時の傷に響いて声をあげてしまったが、キロスの顔は笑っていた。これで、自分もみんなの仲間になれたような気がしたからだ。
 巨人を倒した一行は先を急ぐため、扉を抜けた。そこには大きな〈旅水〉が一つ存在していて、それを見たキロスは何かを思い出しように話しはじめた。
「この先にある〈ガイアの臍〉、そこの地下はこの星の魔導が最も集まっている場所。それは〈王〉の最終兵器でもあったんだよ。〈王〉はその力を使えば〈精霊の君〉との戦いにも勝っていたかもしれない。けれど、〈王〉はその力を使わなかった――その力は大きすぎて、この世界を滅ぼしてしまうかもしれなかったからね」
 ソーサイアはその力を呑み込もうとしている。もし、ソーサイアがその力を手に入れたら、どうなってしまうのだろうか?
 フユが真っ先に〈旅水〉の中に飛び込み、シビウがそれに続く。
「世界が滅びる前に、さっさとソーサイアの野郎を倒しちまいに行こうか!」
 〈旅水〉は二人を呑み込み、淡く輝き水しぶきを上げた。
「キロス、君は何故戦うんだ?」
 いきなり思いもしなかった質問をされてキロスは戸惑ってしまった。
「何だよ、いきなり。キースこそ何で戦うのさ」
「……ローゼンを救うため……かな」
 この答えが正しいものなのかキースにはわからなかった。世界がソーサイアに呑み込まれようとしているのに、ローゼンを救いたいために戦うとは――こんなことを口にしてよかったのかわからない。
「じゃあ、僕はカッコつけたいから。理由なんてどーでもいいさ、結果的に世界が救えればそれで万万歳だよ。僕は自分の命賭けて戦ってるんだから、人にどうこう言われたくないよ。僕が戦う理由は僕が決める」
「私はそれでもローゼンを救うために戦うという理由に罪の意識を感じる」
「シビウ姐さんは結構熱い人だから世界を守るために戦ってるのかな?」
 キロスは笑いながら〈旅水〉の中に飛び込んで行ってしまった。
「世界を守りたいのは嘘じゃない。でも、私が最も守りたいのはローゼンだ」
 複雑な表情をしながら、キースも〈旅水〉の中に飛び込んだ。
 〈旅水〉は波紋を立て、その場に静寂が訪れた――。

 〈ガイアの臍〉と呼ばれるこの星の最北端にある大穴。この先にソーサイアはいる。
 険しい崖のような道を下り、地下深く、星の中心に進んで下りて行く。足場は非常に悪く、足を滑らせてしまったら一環の終わりだろう。それを誘発させるように地面の奥底から熱い空気が吹き上げて来る。
 熱気を佩びた風はもの凄い勢いで吹き荒れ、キースたちの身体を吹き飛ばそうとする。この中で平気な顔をして楽々と下に下っているのは、空を飛べるフユだけだった。
 やがて、暗くて何も見えなかった底が、ようやく見えてきた。きっと、すぐそこにソーサイアがいるに違いない。そして、そこにはローゼンもいる。
 岩と岩の間を流れるどろどろに溶けた物質――それは魔導だった。魔導が濃縮され物質となり、地面を流れているのだ。そして、この魔導は〈混沌〉に近い物質でもある。
 蒼い法衣と蒼く長く伸びた髪に魔導の力を秘めた黒瞳。中性的で美しいソーサイアは〈混沌〉に魅了され、前にも増して妖艶な気を発していた。
「まだ、私の邪魔をするのか? 残念だが私のおまえたちへの興味は尽きた。早々に立ち去れ、そうすれば私はおまえたちに危害を加えない」
「あんた莫迦かい? あんたに世界が呑まれちまったら、糞もへったくれも何もありゃしないじゃないか!」
 気迫十分なシビウだが、不適な笑みを浮かべるソーサイアは動じることなく、ゆっくりと近づいて来た。そして、腕を黒い触手へと変化させた。
「ならば力ずくで私をどうにかしてみるかね?」
「望むところじゃないかい!」
 二対の魔剣を身体の一部のように操り、シビウは地面を疾走し、ソーサイアに向かって行った。触手もまたシビウに襲い掛かろうとするが、シビウはその触手を華麗に避けながら切断し、ソーサイアに近づいて行く。そして、ソーサイアの首をはねた。
 宙を舞うソーサイアの首は地面に転がり止まったここで油断してはならない、ソーサイアはすぐに身体を繋ぎ合わせることができるのだから。
 地面に転がるソーサイアの顔が笑った。そして、ソーサイアの口の中から伸びた黒い触手がシビウに襲い掛かる。だが、触手は不意に止まった。少しソーサイアはシビウに気を取られ過ぎていたのだ。
 首を失ったソーサイアの身体を三人が取り囲んでいた。三人はソーサイアを封じるつもりだった。だが、ソーサイアは余裕の表情を浮かべている。
「大いなる〈混沌〉の力を手に入れ、魔導そのものになったと言っても過言ではない私にたかが魔導士どもが何をできる? この場の脅威は〈紅獅子の君〉の二対の魔剣のみ」
 普通は魔導がソーサイアに効くはずがない。だが、ソーサイアは自らケーオスに向かってこう言っていた、『ケーオスよ、魔導はおまえの元を離れ進化しているのだ』と。そして、ソーサイアを倒すヒントをくれたのは、フユの四季魔導だった。
 四季魔導は人間には使えない――それは違う。四季魔導は一般の魔導と力の源が違うだけで、それを知れさえすればキースにだって使える。現に〈王〉の力の一部を受け継いだキロスはそれが四季魔導と知らずに自然と使っていた。
 魔導壁とは違った三角形の光の壁――四季魔導壁がソーサイアの身体を取り囲んだ。ソーサイアはそれに負けじと抵抗を示すがどうにもならない。なす術もなくソーサイアの身体は封じられてしまった。
 休息はまだだ、キースたちはすぐさま残っているソーサイアの頭部を封じようとした。だが、ソーサイアの余裕の表情は崩れない。
 キースたちの背後――封じたはずのソーサイアの身体が封印を打ち破ったのだ。硝子を粉々に砕いたようにして四季魔導壁を粉砕したソーサイアの身体が霞んだ。ソーサイアの身体から触手が伸び、後頭部を掴むと、やがて触手の数はどんどんと増え、蠢く黒い壁のようになった。
 ソーサイアの姿は完全に〈混沌〉へと変化し、〈混沌〉は大きな波となりキースたちに襲い掛かった。避けることもできず、成す術もないままキースたちは〈混沌〉に呑まれてしまった。
 上も下も、右も左も、前も後ろもない空間――闇のような〈混沌〉の内。そこはソーサイアの内。キースはここで独りになってしまった。
 呑まれた他の仲間はどうなったのかわからない。これから自分がどうなってしまうのかもキースにはわからなかった。
 全てを呑み込もうとしているソーサイアの内。ここにローゼンはいる。
 泡沫の虚空を凄まじい勢いで落下していく。ソーサイアの力が押し寄せて来る――それは〈混沌〉の侵食だった。肉体や精神が喪失し、自分が消滅してしまいそうになってしまう。
 深い深い、渦巻く〈混沌〉の海に落ちた。そこには〈混沌〉とまだ溶け合っていないものたちの意識が叫び声をあげている。この声に捕まってしまったら〈混沌〉の虜になってしまう。