ローゼン・サーガ
ソーサイアはサーガとケーオスが何者であるかを知り、この二人が何をしようとしているのかに感づいたのだ。ソーサイアは自分こそが唯一絶対の存在になりたかったのだ。
ケーオスは真世界を創るために世界を〈混沌〉に還し、ソーサイアは魔導の力を我がものとするためにあらゆるものを〈混沌〉に変え、その力を吸収していった。
全ての話を終えたサーガはゆっくりと玉座から立ち上がった。
「私は全てのことにうんざりしているのです。だから全てを〈混沌〉に還し、真世界を創ろうと考えているのです」
自分勝手としかいいようのない話にシビウの怒りが頂点に達した。
「要するに、あんたたちの我がままのせいで世界は崩壊しようとしてるんだろ。そんなこと絶対にあたしは許さないよ!」
シビウに怒鳴られたサーガは哀しそうな顔をした。
「私の我がまま? 私の考えが理解してもらえないのですか?」
「僕はこの世界に大切な人たちがたくさんいるんだ。その世界を壊されたらたまらないよ」
「わたくしも、この世界がなくなってしまったら悲しいです」
サーガはより一層哀しい顔をした。
「世界を壊すのではありません。世界は生まれ変わるのです」
主義主張は食い違ってしまっているが、サーガはそれが正しいことだと思っている。だが、キースにはそれが納得いかなかった。
突然キースがサーガに飛び掛かろうとしただが、その前に立ちはだかったケーオスの魔導によって後方に吹き飛ばされ壁に激しく叩きつけられた。
壁に叩きつけられ負傷したキースだったが、声をどうにか絞り出し、彼は
今までにないほどに感情を表に出し激怒した。
「何故だ、何故世界は〈混沌〉に還らねばならないのだ。メミスには私の大切な人たちがいたのだぞ。それだけじゃない、〈混沌〉に還られた全てのものはどうなる。皆、〈混沌〉になることを望んでいたわけではないだろう!」
ケーオスは揺らめきながら移動しキースの前に立ちはだかった。
「全てのものには〈混沌〉の要素がある。その要素は今、暴走をはじめ、要素を多く持つものが次々と〈混沌〉に還っている。もう、おまえたちが何をしようと全ては〈混沌〉に還るのだ」
その時、突然激しい音と共に部屋の天井が崩れ落ちて来た。穴の空いた天井からの侵入者、それはソーサイアだった。
「久しいな〈姫〉とケーオスよ」
地面に舞い降りたソーサイアにすぐさまケーオスが攻撃を仕掛けた。だが、ソーサイアの方が一足早い。
〈混沌〉は魔導の源であるはずだが、そのケーオスがソーサイアに魔導で負けた。ケーオスの身体がソーサイアの魔導によって身動き一つできなくなってしまったのだ。自分の魔導にソーサイアは満足したのか、不敵な笑みを浮かべた。
「ケーオスよ、魔導はおまえの元を離れ進化しているのだ。そして、私も進化した。今までは大量の〈混沌〉を喰らおうとすると、逆に〈混沌〉に喰われる心配があったが、今の私は違う。さっきもメミスの〈混沌〉を喰らって来たばかりだ」
シビウは二対に魔剣を鞘から抜き、キースとキロスは魔導を放つべく構えた。
こんな狭い部屋が戦いに向くはずはなかったが、そんな悠長なことは言っていられない周りに構うことなくキースとキロスが魔導を同時に放ち、ソーサイアに攻撃を仕掛けた。キースの放った風の刃とキロスの放った炎が混ざり合い、紅蓮の炎が渦を巻きながらソーサイアに向かって行ったのだが、それはいとも簡単にソーサイアの突き出した手のひらに吸収されてしまった。
相手の魔導を封じ油断を見せていたソーサイアにシビウの華麗な剣技が襲い掛かった。二対の魔剣を完全に使いこなし、シビウはソーサイアの身体を真っ二つに断ち割った。
二つに分かれ地面に倒れたソーサイアの斬られた切り口は闇色をしていた。あの時と同じだ。
黒い触手がソーサイアの傷口から伸びた。その速さは信じられぬほどの速さで一気にケーオスの身体に巻きついた。〈混沌〉が〈混沌〉を喰らおうとしているのだ。
シビウは伸びた触手を断ち切ったが、それはソーサイア=〈混沌〉を分裂させたに過ぎなかった。そして、成す術もないままケーオスはソーサイアに呑み込まれた。
斬られた身体同士の触手が絡み合い、ソーサイアの身体は復元された。
「ついにケーオスを喰らってやった。魔導の源を喰らってやったのだ。しかし、まだ足りぬ」
すでに身体のほとんどが〈混沌〉になってしまっているソーサイアは、ものを〈混沌〉に変えずとも吸収する能力を得ていた。
ソーサイアの身体が霞んだ。強大な力を手に入れたソーサイアは空間をも歪めようとしていた。
〈混沌〉の内にサーガが創りあげた世界が崩れようとしている。〈眠り姫〉が眠りから真に目覚める――その前に!
闇が蠢いた。ソーサイアだ、ソーサイアが闇の衣のように広がり〈眠り姫〉を呑み込んだ。〈眠り姫〉はこれから悪夢に悩まされることになる――〈混沌〉という悪夢に。
信じられぬ脅威の速さで〈混沌〉による侵食がはじまる。キースとキロスはソーサイア=〈混沌〉の動きを封じようとするが、ここは〈混沌〉の中であった。ソーサイアを封じるにはこの空間ごと封じなければならない。
シビウが大声で叫ぶ。
「いったん退いた方がいいんじゃないかい!」
全てを切り裂く魔剣は〈混沌〉をも切り裂くが、ソーサイアから伸ばされた触手は幾らでも伸びて来る。〈混沌〉の中で〈混沌〉と戦うのは分が悪い。
建物が溶けていく、城が溶けていく、この空間が〈混沌〉の渦に呑み込まれようとしている。早く逃げださなくては全てがソーサイアに呑み込まれてしまう。
キースは魔導壁で襲い来る触手からローゼンと自分を守りながら叫んだ。
「外に出る方法は!」
「僕が思うにシビウの魔剣で空間に穴を空けてそこから出るっていうのは?」
「よっしゃ、あたしに任せときな!」
二対の魔剣は空を切り裂いた。シビウの手に確かな感触が伝わって来る。目の前には大量の光が流れ込んで来る穴が空いていた。
「シビウ姐さん飛び込んで!」
シビウはキロスに言われるままに穴の中に飛び込んだ。次にローゼンが飛び込もうとしたその時だった。黒い触手がローゼンの足に巻きつき、ローゼンは転倒してしまった。
キースはローゼンを助けようと手を伸ばしたが、ローゼンの身体はあっという間に〈混沌〉に呑まれてしまった。
「ローゼン!」
キースの叫び声が虚しく木霊する。そして、無我夢中で何もわからなくなったキースは一心不乱でソーサイアに向かって行こうとしたが、それをキロスが止める。
「今は逃げるんだ!」
「ローゼンが!」
「僕本番に弱いんだけど、やるときゃやるさ!」
キロスはキースを後ろに突き飛ばして自分がソーサイアに向かって行った。
魔導壁で触手から身を守り、キロスはソーサイアの本体の目の前まで行き、キロスは驚くべき行動を取った。彼はソーサイア=〈混沌〉の中に、自ら手を突っ込んだのだ。手は直ぐに抜かれ、その手に掴まれていた?もの?とは?
「やっぱり本番に弱いみたい、違うの引き抜いちゃった。キース、今はいったん退くよ!」
キロスは引き抜いた?もの?を抱きかかえながら、出口に向かって走り、キースの身体を強引に押し飛ばして外に出た。
作品名:ローゼン・サーガ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)