ローゼン・サーガ
全ての話を聞き終えてシビウは納得したようにうなずいた。
「フユがねえ……そうじゃないかと思ってたけど。ところでこれからどうするんだい、やっぱり〈精霊の君〉を探しに行くのかい?」
〈精霊の君〉を探しに行かなくてはならない。だが、何も手がかりがないのだ。
キースは自分の運命に何かを感じていた。
「私とローゼン、いや、この世界の全ての運命は誰かに操られているような気がする。私とローゼンがこうして再び出逢えたのも絶対に偶然ではない。だとするならば、このまま進めば〈精霊の君〉にも出逢えるだろう」
「だから、何処にいるかわかんないのに、どうやって探すのさ?」
「私たちが行こうとしていた場所、〈アムドアの大穴〉に何かがある――きっと」
確信は何もないがローゼンもそれにうなずいた。
「わたくしも〈アムドアの大穴〉に何かがあるような気がします」
向かう先は〈アムドアの大穴〉に決まった。しかし、キースにはひとつ気がかりなことがあった。
「シビウは私たちについて来たくなければ、来なくてもいいのだぞ。もともとは私の護衛をするため金で雇われたのだろうが、命を落とすかもしれない。そんな仕事は割に合わないだろう?」
「はあ、わかってないねえ、命をかけるのがあたしの仕事さ。まあ、この仕事が済んだら?神官長様?のお力で一生不住のない生活をさせておくれよ。それにここで引き下がったら……死んだマーカスと天国で会った時に顔向けできないしね」
シビウは笑って見せたが、本当は今でもマーカスが死んだことを思うと涙が出そうになる。だが、泣くわけにはいかない、泣いたら死んだマーカスにからかわれてしまう。
新しく気持ちを切り替えたシビウは父の形見のダンシングソードを背中に背負い、〈紅獅子の君〉の二対の魔剣を腰にさした。
「よっしゃ、さっさと仕事、片付けちまおうじゃないかい!」
「行こう、〈アムドアの大穴〉へ」
キースの合図と共に三人は歩き出した。
世界の北に位置する〈アムドアの大穴〉。大穴と呼ばれているが、実際には〈混沌〉の闇色が空間に穴を空けているように見えるだけだ。
〈アムドアの大穴〉が今ある場所は、もともとは大きな都があった場所。その都には大きな城があり、地元の人間たちはその城のことを〈いばらの城〉と呼んでいた。その城が何故〈いばらの城〉と呼ばれているかというと、その名の通り城全体が薔薇の花によって守られているからだ。
いつの時代からそこにあったのか誰も知らない〈いばらの城〉を見て、人々はいろいろな噂をした。幽霊や怪物が城には住んでいるのだと噂する者もいたが、人々が一番興味をそそられた噂は、世界一美しい姫が素敵な男性が現れるまで眠っているのだという噂だった。
〈いばらの城〉と〈眠り姫〉の噂を聞きつけた男たちが、美しい姫と権力の両方を手に入れようと、我も我もとやって来たのだが、誰一人として生きて帰って来た者はいなかった。城に入ろうとした者を薔薇はまるで生きているように拒み、薔薇の蔓に巻きつかれ棘で刺された者は大量の血を流し死に、城の中に入った者はどうなったのかわからない。
〈アムドアの大穴〉近くの魔導士たちのキャンプ地で、〈いばらの城〉の話をとある魔導士にしてもらったローゼンは、童謡を聞き入る子供のように目を輝かせていた。
「そんなにもお美しいお姫様が眠っていらっしゃるのですかぁ」
「まあ、噂話なんだけどねぇ。でも、僕はそんなお姫様がいたらドラマチックだと思うよ」
魔導士たちのキャンプ地で知り合ったキロスは笑いながら話していた。
このキャンプ地は〈アムドアの大穴〉を監視するために世界中から集まって来た魔導士たちの集まる場所だ。そこに到着したキースたちに最初に声をかけたのが、このキロスという若い魔導士だった。
「でもなぁ、まさか、こんなところで綺麗な女性二人と知り合えるなんて僕の人生も捨てたもんじゃない。でも、男連れってのが駄目だよね。もしかして、どっちかがこの魔導士君と付き合ってたりするわけ?」
自分よりも明らかに年下の魔導士に君付けで呼ばれたキースは少し頭にきた。
「おまえのような魔導士に?君?付けで呼ばれるような筋合いはない。それに私とローゼンは恋人同士だ」
恋人同士と言われて顔を真っ赤にしたローゼンを見て、キロスはすぐにシビウの真横に座った。
「じゃあ、シビウ姐さんは僕のものにしていいんだね」
「あたしが!? 冗談じゃない。年下には興味ないね」
「そんな連れないこと言わないでよ。僕はシビウ姐さんみたいな、綺麗で姉御肌な感じのする女性に弱いんだよねぇ。もう、ひと目見た時から大好きになっちゃったよ」
擦り寄って来るキロスに対して、怒りが頂点に来たシビウは素早く剣を鞘から抜いてキロスの首元に付きつけた。
「寒気がするから近づくんじゃないよ! この剣は全てのものを切り裂く魔剣でねえ、あんたの首なんて少し触れただけでぶっ飛ぶよ」
キロスは手を上げて降参すると、冷や汗を流しながら後ろにゆっくりと下がった。
「そんな血の気の多いところも素敵だね」
蒼い顔をしながらもキロスの減らず口はおさまらなかった。
シビウはキロスに呆れてしまって剣を鞘に収めると、彼を無視することにして話題を変えた。
「ところで〈アムドアの大穴〉の近くまで来たのはいいけど、これからどうするんだい?」
「〈混沌〉の中に入ろうと思う」
とんでもない発言をしたキースをシビウとキロスは変な目で見たが、ローゼンだけは違っていた。彼女もキースと同じで〈混沌〉の内に入ったのだから。
「わたくしもキース様と一緒に〈混沌〉の中に入ります」
目を丸くして駈け寄って来たキロスは素っ頓狂な声をあげた。
「君たち自分たちが何言ってるかわかってるの? 〈混沌〉の中に入るなんてとんでもない。吸収されて、はい、お終いだよ」
〈混沌〉のことを少しでも知る者ならばそう考えるのが普通だが、それはあくまで一般論であってキースの考えは違っていた。
「大丈夫だ、〈混沌〉の中に入っても、強い精神力を持ち自らをしっかりと感じることができさえすれば吸収されることはない。ただ、問題はどうやって外に出るかだ」
「どうして中に入っても大丈夫だなんて言えるのさ?」
「私は一度〈混沌〉になったことがあるからだ」
「うっそだー。そんなのないない。あり得ないよ」
「わたくしはキース様が〈混沌〉になった時、その中に入りました」
真剣な顔をしているキースとローゼンを見てキロスはぼそりと呟いた。
「……マジ? 君たち何者なのさ?」
「私はメミスの都から来た神官長だ」
?メミス?という国の名を聞いてキロスの顔に暗い陰が差した。
「メミスの都がどうなったのか、君たちの耳には届いているのかい?」
態度を一変させ神妙な面持ちをしたキロスを見てキースは不思議な顔をした。その質問は全く意図の掴めない質問だった。
「メミスがどうかしたのか? どうなったのかとは、メミスの都に何かが起きたとでもいうのか?」
キースはキロスと顔を合わせようとしたが、キロスは顔を伏せて何も言おうとしなかった。
作品名:ローゼン・サーガ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)