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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ローゼン・サーガ

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 頭巾に隠された頭がシビウの方を振り向いた。その顔は白い仮面で隠されており、くぐもった声はこのためだと思われる。
「剣を収めぬのなら、それでもよい」
「あんた誰だい?」
「我が名は〈黒無相の君〉。ソーサイアを捕らえに来たのだが、遅かったようだ」
 四貴精霊の中でその存在が一切の謎に包まれた精霊。精霊の間では、その存在がいないのではないかと囁かれた精霊だ。
 〈黒無相の君〉が何故、そのような呼び名で呼ばれるのかは誰も知らない。そして、〈黒無相の君〉の素顔を見た者も誰一人としていないという。
「今ごろ現れても遅いんじゃないかい? ソーサイアは何処に行ったかわからなし、〈紅獅子の君〉も死んじまったよ」
「だが、キースはまだここにいる」
「キースはもう……」
 シビウは言葉を詰まらせたが、〈黒無相の君〉は『キースはまだここにいる』とはっきりと言った。それが意味することとは?
「例え〈混沌〉に?還ろう?とも、キースはキースだ」
「何言ってんだい、あんたは?」
「キースとローゼンには〈姫〉に逢って貰わねば困るのでな――」
 グローブの嵌められた手がローゼンの目を覆い隠すように乗せられ、ローゼンの身体が急に地面に倒れ込んだ。
「ローゼンに何をした!?」
 魔剣を〈黒無相の君〉の頭上まで振り下ろしたシビウであったが、それ以上は身体が動かなかった。
「慌てるでない。ローゼンが還って来るのを待とう」
 シビウの身体は金縛りから解放された。
 〈黒無相の君〉が何を言っているのかシビウには理解できなかったが、相手に殺気が感じられないことがわかった彼女は二対の剣を地面に突き刺して、地面に座り込みローゼンが還るのを待つことにした。

 辺りが暗闇に包まれていることにローゼンは気がついた。
 この暗闇はいつも見ていた〈夢〉のはじまりに似ていた。けれど、少し違う。この感じが何であるかはっきりとわかる――〈混沌〉だ。
 〈混沌〉に呑まれてしまったに違いない。でも、いつの間に?
 ローゼンの意識が朦朧としてきた。〈混沌〉に呑まれようとしているに違いない。
 ここまま消えてしまってもいいとローゼンは思った。しかし、声が聞こえた。
 聞き覚えのある声。ローゼンはその声に意識を集中させた。
 この世界が〈夢〉に似ているのならば、全ての感覚を集中させることにより世界が広がるはず。
 暗闇の中で自分の存在を感じ、耳で音を感じる。
 聞こえて来る声が自分の声であることを感じたローゼンの目の前に世界が広がった。
 そこは見覚えのある部屋があり、見覚えのある者たちが会話をしていた。それは自分とキースだった。
 思わずローゼンは声をあげてしまった。
《キース様!》
 ローゼンの声は相手には伝わらなかった。キースはすぐ近くにいる自分にすら気が付いていないようだ。
 何が起きたのかわからず、ローゼンはキースの身体に触れようとしたが、ローゼンの身体はキースの身体を擦り抜けてしまった。
《幻の世界なの?》
 ローブを着たローゼンとキースが話す光景。この光景ははじめてふたりが出逢った光景であった。
 耳を澄ませ、ローゼンは会話の内容を感じた。
「ご心配なさらずに。貴方様は我が精霊の里ラルソウムの長様がお選びになった人間。必ずや世界崩壊の謎を解き明かしてくれるでしょう」
「わかった、私は君と旅に出よう。しかし、その前にいろいろと準備がある。君も私について来たまえ」
 キースは櫃の奥に閉まってあったローブを羽織ると部屋の外に出て行ってしまい、その後をあの時のローゼンも追いかけるようにして出て行ってしまった。
 全てあの時を同じだった。
 あの時はまだ緊張していて身体が強張ってしまっていたのをローゼンは思い出した。今思うと可笑しいくらいに緊張している自分が少し恥ずかしくなった。
 辺りの光景が一瞬にして変わった。
 メミスの都の神殿地下にある歴代の巫女と神官長を祀った墓地。そこでひとりの少年が泣いていた。
「母上様……」
 新しくできた墓の前で泣く少年。ローゼンにはこれが誰なのかすぐにわかった。これはキースが小さかった頃に違いない。
「母上様、ぼくは神官長になんかなりたくないのです。みんなぼくに厳しくして、ぼくは外の世界の人たちのように自由な暮らしがしたいのです。どうして、ぼくにやさしかった母上様は死んでしまわれたのですか? どうしてなのですか?」
 誰かの足音が近づいて来た。この人物はローゼンにも見覚えがある。
「キース様、またここに居られたのですか。魔導の勉強をしている最中に部屋を抜け出されては困ります」
 アースバドはキースの腕を強引に引っ張り行ってしまった。
 露骨に嫌な顔をしていたキースだが、言いたいことを言えずにいるのがよくわかった。周りの流れに逆らいたくとも逆らえない、そんな印象をローゼンは受けた。
 階段を上っていってしまったキースをローゼンが追いかけようとした時、また辺りの光景が変わってしまった。
 青年になったキースが自分の部屋で読書をしている。
 ローゼンはキースの読んでいる本を覗き込んでみたが、人間の文字は理解できなくて、何が書いてあるのかわからなかった。ただ、わかるのは、小さな文字がびっしりと並んでいて、本の厚さが一ティット(約一二センチ)もあることだけだ。
 少し疲れたのかキースは本を閉じ、背もたれに寄り掛かると息を吐き、目をつぶった。「新しい本棚はまだ届かないのか?」
 目を開けたキースは机の上に置いてあった先ほどまで読んでいた本を手に取り、椅子から立ち上がって本棚の方に向かった。
 本棚には三〇〇冊以上の本が入れられており、そこに入りきらない分は床に乱雑に積み重ねられていた。
 部屋をノックする音が聞こえた。誰かが訪ねに来たのだろう、キースは急いでドアに向かった。
「何のようだ?」
 キースがそう聞くと、ドア越しにアースバドの声が返って来た。
「新しい本棚が届きました」
 待ちかねていた本棚が届いたと聞き、キースは満面の笑みを浮かべたドアを開けた。
 何も入っていない新しい本棚に次々と本を入れていく。キースは几帳面なのか、同じ種類の本をひとまとめに置き、尚且つその種類ごとにこの世界の公用語であるノース語順に並べて置いている。
 最後にキースの手元に一冊の本が残ってしまった。今まで並べたどのジャンルの本にも当てはまらない本。それは?絵本?であった。
「……懐かしいな。昔は母上によく読んでもらったものだ」
 開かれたページには蒼い色で塗りつぶされたローブを着た精霊が描かれていた。
「小さい頃はこの精霊に憧れたものだが、このような精霊がいるはずがないな……」
 絵本の内容は、蒼い法衣を着た精霊が姫を守るために悪い精霊と戦うというもの。その蒼い法衣を着た精霊は誰にも負けない魔導を使い、圧倒的な強さを誇り、まさにキースの憧れの英雄像であった。
 絵本を本棚の端に入れるとキースは一息ついた。そして、微笑んだ。
「外の世界に出れば逢えるかもな……いや、そんなことはないか」
 この先、キースに起こることを知っているローゼンはとても哀しくなった。
《憧れていた者に裏切られるのは哀しいことです》