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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ローゼン・サーガ

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 斬られた傷口から黒い触手が伸び、別の傷口から出た触手と絡み合い、別々にされたソーサイアの身体を繋ぎ合わせ元通りにした。
「私の身体は〈混沌〉を取り込み、力を得ただが、さすがは〈紅獅子の君〉の操る魔剣は素晴らしい、〈混沌〉をも切り裂くとは私にも予想外だった。だが――」
 ソーサイアがヴァギュイールに止めを刺そうとした瞬間、彼は背中に大きな魔導を受けてよろめいた。
 魔導を放ったのはメルリルであった。ソーサイアの意識がヴァギュイールに集中されたことによって、彼女の金縛りは解かれたのだ。
「あんた好き勝手やってるんじゃないわよ!」
「莫迦な人間だ。?魔導?である私に魔導で攻撃するなど」
「目には目を歯には歯を、魔導には魔導よ!」
「単純な人間……なっ!?」
 何かを言おうとしていたソーサイアの身体を突如異変が襲った。衣服を持ち上げ彼の身体の中で何かが動いたのだ。これはいったい!?
 余裕の表情をしていたソーサイアの表情が焦りの色へと変わった。
「まさか、そんなはずは……!?」
 思わずソーサイアは息を飲み込んだ。自分自身の身体に起こった異変を信じられずにいるのだ。
「このようなことが、あってなるものか!」
 叫び声をあげたソーサイアの皮膚や衣服を突き破り、黒い触手が幾本も突き出し、ソーサイアの身体に巻きついた。
 触手はソーサイアの顔半分を残して絡みつき、彼は地面に手を付き、呻き声をあげて地面を転がり回った。
「おのれー! 〈混沌〉が私を喰らうつもりか。そうはさせぬぞ……くそっ、今は一旦引くが、私は再びおまえたちの前に姿を現す――」
 〈混沌〉に呑まれかけているソーサイアはそう言い残すと、闇に溶けるようにして姿を消してしまった。
 ソーサイアは消え去り一難去ったが、キースは〈混沌〉にされてしまった。その〈混沌〉は少し目を離していた間に直径二メティート(約二・四メートル)もの大きさに膨れ上がっていた。
 メルリルは〈混沌〉を封じようとしたが、ひとりの力ではどうにもならなかったこんなにも大きくなってしまった〈混沌〉は、三〇人の魔導士が全力を尽くしても封じられるかわからない。
 シビウの治療がだいぶ済んだローゼンは〈混沌〉のことも気になったが、それよりもヴァギュイールのことが心配で急いで駈け寄った。
「長様、しっかりしてください!」
 息はか細いがまだ生きている。ローゼンは治療を開始しようとした。
「今すぐに治療して差し上げますから、どうか、どうか……」
《わしはもう助からん。それよりもあの〈混沌〉をどうにかせねばならない》
「助からないなんて言わないでください!」
《肩を貸してくれ、あの〈混沌〉の近くまで……》
 ローゼンはヴァギュイールに肩を貸して〈混沌〉の近くまで連れて行った。その間もローゼンは諦めずに治療を試みたが、ヴァギュイールの様態は良くはならなかった。
 〈混沌〉は脈打ち、その波動でメルリルの身体は後ろに押されそうになる。だが、ここで引くわけにはいかない。〈混沌〉は封じなければ広がり続けるのだから。
 傷ついてもなお気高い表情をしたヴァギュイールが、ローゼンの肩を借りてメルリルの後ろから歩いて来た。
《メルリルよ、ご苦労であった。後はわしに任せなさい》
 ヴァギュイールの身体に凄まじい魔導力が集まり、彼はその全てを命諸共〈混沌〉に放った。
 〈混沌〉から触手が伸びるが、それを押し込める魔導壁ができ、〈混沌〉は完全に封じられた。それと同時にローゼンの腕の中でヴァギュイールは息を引き取った。
「長様ーっ!」
 魂を消滅させたヴァギュイールの身体は霧のようになり、ローゼンの腕をすり抜けて消えた。
 気高い〈紅獅子の君〉の死を目の前にして、ローゼンとメルイルは自分の無力さを痛感した。
 メルリルは魂が抜けたように地面にへたり込み、ローゼンは地面に手を付き、そして泣き叫んだ。
 涙が止め処なく零れ落ち地面に吸い込まれていく。
 どうして短い間に、こんなにも多くの仲間を失わなければならなかったのか。ローゼンは自分を呪った。自分がもっとしっかりしていれば、こんなことにはならなかった。
 マーカスが死んだ時も見ていることしかできなかった。フユが死んでしまったのも自分のせいだ。長様も自分がもっとしっかりしていれば助けられたかもしれない。そして、今度はキースまでもいなくなってしまった。
 悲しみのどん底に叩きつけられ、涙も流れなくなってしまった。もう、何をしていいのかわからない。
 ローゼンはその場を動くことができなかった。

 夜が明けても村は騒然としていた。元通りに戻れと言うのが無理な話である。
 火事は全て消火され、村のあちこちで発生してしまっていた〈混沌〉も多くの魔導士の犠牲により封じられた。
 ローゼンは元キースであった〈混沌〉が封じられた魔導壁に寄り掛かりながら一夜を過ごした。メルイルとシビウも同じようにして何も言わず、思い思いにいろいろなことを考えていた。
 三人はこれから何をすべきなのか迷っていた。シビウはキースの護衛として旅をして来た。ローゼンもキースがいなくてはどうしていいのかわからない。
 ヴァギュイールも消滅し、ローゼンに道を示してくれる者がいなくなってしまった。そして、尊敬していたサファイアの裏切り。今のローゼンは何を頼っていいのかわからなかった。
 思いに耽っていたメルリルが急に立ち上がった。
「わたくし、行きますわ」
「待ちな、何処に行くっていうんだい?」
 手を伸ばしてシビウが止めてもメルリルは足を止めることなく、振り向くこともなく、こう言った。
「世界は崩壊を続けていますのよ、やがては〈混沌〉に世界が呑み込まれるかもしれないというのに、黙って見てはいられませんわよ。わたくしは旅を続けますわ」
 メルリルは行ってしまった。もう、出逢えることはないかもしれない。
 深く息を吐いてシビウはローゼンを見つめた。魂の抜け殻のようになってしまったローゼンは虚ろな瞳で空を見ているだけだ。
 冷く乾いた風が吹いた。その風は黄土色の土埃が舞い上がらせ、人々の間を擦り抜け、まるで生きているようだった。
 風はローゼンの前で止まった。シビウは異様な風の気配に気がついたが、ローゼンは虚ろな目で虚空を見上げているだけだった。
 風はローブを纏った人の形になった。頭巾を被り顔は陰になって見えない。
 シビウは剣を構えようとしたが、ダンシングソードはソーサイアに握られた時に刃が毀れ使い物にならなくなっていた。仕方なくシビウは近くに置いてあった〈紅獅子の君〉の魔剣を構えた。
 二対の魔剣を構えるシビウの姿は様になっていない。だが、それでも相手への敵意はひしひしと空気を伝わって感じられる。
 ローブを着た者はシビウに手を向けた。その手にはグローブが嵌められており、この者の素肌が見える場所は何処にもなかった。
「剣を収めよ、おまえたちに危害を加えるつもりはない」
 くぐもった声で少し聞き取りにくいが、それが女性の声だということは判断できた。
 シビウは剣を収める気はない。相手が信用できる人物であるとは限らないからだ。