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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ローゼン・サーガ

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「世界が崩壊しはじめているのは事実です。現にこのメミスから遥か北に位置するアムドアの都を中心として、半径一五デティート(約一八キロメートル)もの大地消失し、空間に大きな穴のようなものができました。この大穴は通称〈アムドアの大穴〉と呼ばれ、世界各地から集まった精霊や魔導士たちによって辛うじて隔離することに成功しました。今あげた例は大規模なものですが、小規模なものは世界各地で起こっています」
「もしやその穴とは〈混沌〉のことか?」
「その通りです」
 ローゼンの返答を受けて事態の危険性を思い知らされたキースの顔が驚愕の色に変わっていった。
 〈混沌〉とは天地創造以前の空間に存在していた世界の元が溶け合っていた〈はじまり〉の物質であると云われている。
 大規模な魔導の実験に失敗した際に、稀に〈混沌〉が生まれることがあるが、それは極小規模な、拳ほどの〈混沌〉が発生するだけで、半径一五デティート(約一八キロメートルもの〈混沌〉が発生するなど前代未聞である。
 発生してしまった〈混沌〉は人間には触れることも処理することもできないとされる。〈混沌〉は全ての物質を吸収し大きくなっていくので、特殊な術で封じ込めて隔離するしかない。
 〈混沌〉が増えれば増えるほど、生物が住める場所が狭くなっていく。もし、〈混沌〉が世界を覆うことになれば、それはこの世界の消滅を意味していた。
 キースは決断に迫られていた。世界崩壊はただ事ではないのだが、神官長たるキースはメミスのためにこの神殿から出ることは望ましくない。だが、キースは決断した。
「私の力が必要ならば快く貸そう。しかし、私は魔導の力と知識はあるものの、実践の経験は皆無に等しいぞ。その私でも力になれるのか?」
「ご心配なさらずに。貴方様は我が精霊の里、ラルソウムの長様がお選びになった人間です。必ずや世界崩壊の謎を解き明かしてくれるでしょう」
「わかった、私は君と旅に出よう。しかし、その前にいろいろと準備がある。君も私について来たまえ」
 キースは櫃の奥に閉まってあったローブを羽織ると、部屋の外に出て行った。その後をローゼンも続いた。
 昔からの名前をそのまま受け継ぎ?神殿?と呼ばれているこの建物だが、今では権威の象徴である賢覧豪華な?宮殿?と言った方が正しいかもしれない。
 壁や天井に施された彫刻や絵画はどれも美しく、この地方は昔から宝石が多く採れるためにそれがふんだんに使われている。
 長く伸びる赤いじゅうたんを進み、神官や魔導士たちの視線を集めながらキースはローゼンを引き連れ歩いていた。
 誰もがローゼンのことを不審の眼差しで見るが、すぐに男女を問わずその美しさに魅了された。
 キースの足が止まった。その目の前には双子である巫女が宝石の散りばめられた玉座に深く腰を掛けていた。
「何用じゃキース?」
 妖艶な色気を放つ顔から玲瓏たる声が零れた。巫女の言葉は誰をも魅了する魔力を秘めている。
「外の世界へ旅に出る」
「ふふ、そうか、わらわにはわかっておったぞ。ムーミスト様の信託を受けずとも、少しばかりの未来なら見通すことができる。今日この時、お主が旅立つこともわかっておったぞ」
 巫女は少しも驚くことなくキースの言葉を受け止めた。しかし、ここにいた魔導士たちや神官たちは驚きを隠せずにざわめきはじめた。だが、誰も神官長であるキースに口を挟むものはいなかった――この老人以外は。
「キース様、その件お考え直しいただけないでしょうか?」
 口を出したのは元神官を務めていた実績を持つ、キースと巫女の教育係である名誉神官の地位に就くアースバドであった。このアースバドは八十を越える老人であるが、魔導力は現役の神官をも凌ぎ、キースは小さい頃にこの老人に厳しく育てられたために今でも頭が上がらない。
 キースは後ろにいたローゼンに目を向けて前に出るように合図をした。誰もが何者かと疑問に思っていた女性に注目する。
 ローゼンは恭しく巫女に頭を垂れた。
「わたくしは精霊の里にひとつ、ラルソウムから参りましたローゼンと申す者でございます」
「わらわはこの国の巫女――名前は無い。お主の好きなように呼ぶがよい。して、精霊がこのメミスに何用で来たのじゃ?」
 この国の巫女は代々名前を持っていない。それは名前を使われ呪いなどの術を架けられないようにしているためだ。
 ここにいた全ての者にローゼンはキースにしたような話をざっと話し、キースを旅に連れて行きたいと申し出た。
 巫女はローゼンの話を聞く前から答えを用意していたように即答した。
「よろしい、キースを連れて行くがよい」
「いけませぬ巫女様。まだ子供のいないキース様にもしものことがあったら、この国は破滅しますぞ!」
 アースバドは声を荒げた。巫女に向かってこんなにも声を荒げて意見を申し上げたのは初めてのことだった。それほどまでに重大なことであるのだ。
 しばしの沈黙を置いた後に、アースバドは自分を含む四人を残して全員部屋の外に追いやった。
「巫女様とキース様、それにローゼン様以外の者は直ちにこの部屋の外に出て行け!」
 巫女の護衛まで外に出され、静まり返った大きな部屋に老人の嗄れ声がまず響いた。
「歴代の神官長が国の外へ出た最後の記録でさえ、千年も昔のことですぞ。それにキース様にはまだ子供がおりません、もしものことがあられたら、どうなさるおつもりなのですか?」
 決意はすでに固く、自らの自由意志を貫こうとしているキースは、普段ならばアースバドに頭が上がらないが、この時ばかりは一歩も引くことはなかった。
「私にもしものことがあっても心配はいらない。このメミスの長い歴史の中で、神官長が子供を作らぬまま死んだことは幾度かある。その場合は巫女が自らの力を失うことを代償にして子供を生むことになっている」
「しかし……」
 アースバドは言葉に詰まったが、キースは話を続け、常日頃から思っていたことを口に出した。
「それに私などこの国には?不要の存在?だ。私などいなくとも巫女と神官たち、そしてアースバドが国を治めてくれるだろう」
 巫女がキースの言葉を後押しした。
「世界が崩壊してしまえばこの国もなくなるのじゃぞアースバド」
「ですが、巫女様。キース様が旅に出たことが民に知れたら混乱を招くのではないでしょうか?」
「毎日部屋にこもっているような私がいなくなっても、この神殿に出入りをしている者や仕えている者以外は誰も気づくまい」
 それでもアースバドは首を縦には振れなかった。
「やはりなりませぬ。キース様の旅に護衛を一〇〇人、いや、一〇〇〇人付けようともこのメミスから外に出すわけにはいけませぬ。それにこのローゼン様が精霊であることは身体から発している気を?視れば?わかりますが、先ほどの話が本当のこととは言えますまい。確固たる証拠がない限りは信じることはできませぬ」
 精霊のほとんどは聖なる存在であり、善の象徴であり、嘘をつくなどまずないと云われている。それでもアースバドは自分のいる立場からローゼンの言葉を簡単に信用するわけにはいかなかった。