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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ローゼン・サーガ

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「あなたねえ、そういう悲観的な考えよくないですわよ。誰が吸収されても、誰が死んでもよくないの。自分が吸収された方がよかったですって? あなたの変わりに吸収されたあの子はどうなるの、せっかく助けた相手がこんなんじゃ、あの子がかわいそうでしょ?」
「でも、わたくしより……」
「わからない人ねえ」
 腕を組んだメルリルは黙ってしまった。
 そこにいるローゼンに聞かせるために、そして、自分に言い聞かせるためにキースは静かに言った。
「フユはローゼンのことを悲しませようとして助けたわけじゃない。ましてや、苦しませようとしたわけでもない。ローゼンに助かって欲しかったから……」
 自分にそう言い聞かせキースは心を静めた。
 ローゼンも涙を拭き、心を静めようとしたのだが、彼女は再び不安で涙を流してしまった。
「サファイア様がいないのです!」
 ローゼンは取り乱し、先ほどは彼女に強い口調で迫ったメルリルの顔にも暗い影が差した。
「もしかして、〈混沌〉に呑まれたのではなくって!?」
 突然ローゼンが洞窟に向かって走り出した。
「わたくし見て参ります」
「ローゼン待て、危険だ!」
 そう言いながらもキースも洞窟の中に入る気でいた。メルリルも同じだ。危険だとはわかっているがサファイアがどうなったのか心配だ。それに〈混沌〉がどうなったのかも気になる。
 洞窟の中は静かで何もなかった。〈混沌〉の気配もない。
 扉の先の大部屋にも行ってみたが何もなかった。
 サファイアは〈混沌〉に呑まれてしまったと考えるのが妥当だろう。しかし、その〈混沌〉は何処へ?
 泣きそうな顔をしているローゼンだが、その口は強く噛み締められ、泣くのを我慢していた。
「きっと、きっと、サファイア様は生きておられます。あの方に限って……」
 キースはそっとローゼンの身体を抱き寄せた。
「村に帰って少し休もう。私もサファイアは生きていと思う。大丈夫だ、明日になったらサファイアの行方を探そう。消えてしまった〈混沌〉の行方を探せばサファイアも見つかるかもしれない」
 三人は村へ戻ることをした。その間、誰も口を開かず、足取りは重く、村までの距離が果てしない長さに感じられた。

 村に戻り、メルイルと分かれたローゼンとキースは自分たちの宿に戻った。
 シビウはまだ寝ている。このようすだと朝まで起きそうもない。
 部屋の中は静かだった。ローゼンもキースもしゃべろうとも寝ようともしなかった。あのような出来事があって、とても眠れるような状態ではなかったのだ。
 二人はテーブルを挟んで向かいに座っていた。視線を合わせることはなく、ただ、うつむき、時間だけが過ぎていく。
 長く感じられる時間の流れに、ローゼンは押し潰されそうだった。何もせずこうしていると、フユのことを考えてしまう。
 星空を眺めたら少しは気分転換ができるかもしれないと思ったローゼンは窓辺に向かった。
 夜空には満天の星が輝いている。地上を見下ろすと夜も更けたというのに村は明るい。街灯が設置され急激に進んでからというものは、人々が眠るのも遅くなり、人は昔のようには夜を恐れなくなった。
 今でも人は夜を恐れる。だが、それでも村や都市の中にいれば安心だと思っている。人は恐れを消し去ろうと日々努力を続けているのだ。
 神々はこの世界にいる全ての者が畏怖する対象であった。でも、今はでは神がこの地上に姿を見せることはなくなった。人は神の存在を伝説のように思い、神への畏怖は薄れてきている。
 恐怖を消し去ろうとしているのは人間だけではないかもしれない。精霊もそうかもしれない。
 村並を眺めていたローゼンの目が、遠くに見える赤い光に向けられた。あれはいったい何だろう?
「キース様、あれは何でしょうか?」
 椅子から立ち上がったキースはローゼンの指差す方向へ目を凝らして見た。揺らめく赤い光――あれは!?
「火事ではないのか!?」
 燃え上がる炎はひとつではなかった。次々と別々の場所から炎があがっていく。普通の火事とは違う印象を受ける。
 すぐ近くの民家からも突然炎が燃え上がり、あっという間に建物は炎に包まれた。異常な早さで燃え上がる炎を前にしてローゼンは言葉すらでなかった。これは、ただの放火ではない。
 慌ててローゼンはすぐさま寝ているシビウを叩き起こそうとした。
「シビウさん、起きてください!」
 身体を激しく揺さぶられたシビウは頭を押さえながら、ゆっくりと這い起きた。
「何だか、頭が痛いねえ……」
「シビウさん、外のようすが変なのです!」
「外?」
 二日酔いなのか、気持ち悪そうな顔をしてシビウは窓辺に行くと、キースを押し退けて窓の外を見た。
 炎の勢いは増しており、泣き叫び逃げ惑う人々を見たシビウの酔いは完全に覚めた。
「あんたたち、何ぼさっとしてんのさ、さっさと外に出るよ!」
 壁に立て掛けてあった剣を取り、シビウは急いで部屋を出て行った。ローゼンもすぐに後を追ったが、キースはまだ窓の外を見ていた。
 キースの視線の先には上空を舞う人影が映っていた。
「あれは?」
 上空を飛んでいるのは魔導士なのか? それを確かめるためにキースは急いで建物の外へ出ることにした。
 部屋を出て階段を駆け下りたキースはすぐにローゼンたちに追いつくことができた。
「皆さん、外が火事なのです!」
 酒場のうるささにローゼンの言葉はかき消されてしまった。誰もローゼンの言葉に耳を傾ける者はいない。
 大きく息を吸い込んだシビウがローゼンを押しのけ前に出た。
「外が火事だって言ってんだろうが!」
 鼓膜が破れそうな怒鳴り声に酒場が一瞬静まり返った。空かさず、ローゼンが客たちに話をする。
「あの、村中で火事が起きているのです。ですから――」
 ローゼンの言葉を遮るように酒場の中に酷く慌てた男が飛び込んで来た。
「火事だ! 村中が火事だ!」
 酒を飲んでいた男たちが一斉に立ち上がり酒場の外に駆け出した。キースたちもそれに呑まれるようにして外に出た。
 深夜だったが、火事が起きたことによって村中の人々が起きてきて、村中は騒然とした雰囲気に包まれていた。
 駆け回る村人の中にローゼンはメルリルを見つけて声をかけた。
「メルリルさん!」
 声をかけられたメルリルはひどく慌てたようすでローゼンのもとへ近づいて来た。
「あんたたちもすぐに来なさい、〈混沌〉が発生しましたのよ!」
 火事に加えて〈混沌〉までも起こるとは、偶然とは思えない。では、偶然でないとしたら、何故?
 上空を飛ぶ人影をキースは目で追っていた。それはやがて自分たちの方へと近づいて来て、それが誰であるかをキースは知った。
「まさか、あれはサファイアか!?」
 その名を聞いて三人はキースの視線の先を見た。ローゼンとメルリルは安堵の表情を浮かべ、シビウは何であいつが、と思った。
 上空から降下して来たサファイアはローゼンたちの前に降り立った。
 歓喜の声をあげてローゼンは涙を流した。
「サファイア様、生きていらっしゃったのですね!」
「全くだ、おまえたちが生き残るとは予想外であったな」
 いつもと違うサファイアの雰囲気と口調に、ローゼンは前に出していた足を一歩後ろへ下げた。