ローゼン・サーガ
「さぁあな、俺にもわからねえな。でもよ、あの〈混沌〉は意志を持ってるって主張する〈混沌〉崇拝教団がいてな、そいつらなら何か知っているかもしれないが、危険なオカルト教団でな、自らが〈混沌〉になりたいなんて莫迦な考えを持った奴らさ」
「自らが〈混沌〉になりたい? もしかしたら、その教団がこの村で流行っている奇病と何か関係があるのではないか?」
「ああ、俺たちもそう考えてな、崇拝信者どもを捕まえてるんだが、下っ端ばかりで肝心なことは何もわかっていない。どうにかして教団のトップを捕まえるか、もしくはアジトがわかればな」
「仲間にはなれないが、できる限りで協力しよう。私たちは世界に広がる〈混沌〉を食い止めるために、〈混沌〉について調べているのだ」
「おお、そうかい! じゃあ、実はな――」
ゼクスは酒臭い口をキースの耳元に近づけて囁いた。
「今晩〈混沌〉崇拝教団の密会が行われるらしい。そこで、その密会を襲撃するんだが、おまえたちにも手伝って欲しい」
自信に満ち溢れた表情をしてキースはうなずいた。
「協力しよう」
「そうか、それは助かる。なら、夜になったら向かいに行くが、宿は決まったのか?」
「いや」
「だったら、この店の二階の宿屋に泊まってくれ、俺が口利きしとけばただで泊めて貰えるからよ。俺はいろいろと準備があるから帰るけど、酒代は俺が払っとくから好きなだけ飲んでいきな」
「何から何まで済まないな。だが、酒はもう十分のようだ」
呆れた顔をしたキースの視線の先には、飲み過ぎで酔いに酔いっているシビウと、一滴も飲んでいないのに蒼白い顔をしたローゼンがいた。そんな二人を見てゼクスは笑いながら帰っていった。
残されたキースは酔った二人の処理に困った。
いい感じに酔っ払ったシビウはローゼンの肩に腕を回して絡み、絡まれているローゼンは今にも吐きそうな顔をしていた。その状況など気にせず、フユは遠い目をしていて何を考えているのか表情からは全く読み取れない。
まだ酒が飲み足りないのか、酔っているのか、シビウはビールジョッキを高く掲げて奇怪な言葉を発した。
「ひょ〜ひ、しゃへほってほ〜ひ」
呂律が回らず、何を言っているのか全くわからない。
ため息をついたキースはシビウとローゼンを立たせて、二人に肩を貸しながら二階の宿に向かった。その間、キースはシビウにだいぶ絡まれたが口にキスをされるのだけは防いだ。シビウは酒を飲むと人に絡むクセがあるらしい。
部屋に着いたキースはシビウとローゼンをベッドに寝かせると一息ついた。そして、精神的に疲れたようすでキースは近くにあった椅子に腰をかけた。
「私も少し酔いが回っているようだ」
誰かの気配に気づきキースがそこに視線を向けると、水の入ったコップを二つ持ったフユが佇んでいた。だが、フユはコップをキースに差し出すだけで何もしゃべらない。
水を飲めということなのだろうと解釈してキースはコップを受け取った。
「――済まない」
コップをキースに渡したフユはローゼンのもとへ向かって行った。それを見た後、キースはすぐにテーブルに突っ伏してしまった。
水を飲んだローゼンは活力を取り戻した。水は精霊の命の源であり、その重要性は人間が水を必要するのよりも重要である。
目をつぶったローゼンの身体から白い靄が出た。水を飲むことによって身体の中を浄化し、体内に蓄積されていたアルコールを一瞬にして体外に排出したのだ。
テーブルに突っ伏してしまっているキースが心配になり、ローゼンはようすを見に行ったが、キースは静かな寝息を立てている。
安らかな顔をして眠っているキースを見て、ローゼンは微笑を浮かべたのだが、横に無表情な顔をして自分の顔を覗き込んでいるフユに気づいて、慌てて顔を真っ赤にした。
「あの、何でしょうか?」
「――ローゼンはキースのことを愛してるの、人間のように?」
「人間のように?」
フユの問う『人間のように』とは、人間の男女が愛し合う行為と同じ感情を抱いているのか? という質問である。しかし、精霊の?愛?と人間の?愛?は異なるものである。フユはそれを理解しながら、あえてローゼンに質問をしたのだ。
不思議な質問をされてしまったローゼンは困ってしまった。精霊であるローゼンには人間の男女が愛し合うという感情が理解できない。だが、ローゼンはキースに不思議な感情を抱いていることに気が付いた、
ローゼンがキースに抱く不思議な感情。今まで感じたことのない感情。その感情が何であるかローゼンには理解でなかった。
「フユさんは何故そのような質問をなさるのですか?」
「ローゼンって人間みたいに見えるから」
「わたくしが人間にですか!?」
思わぬことを言われてしまってローゼンは大そう驚いてしまった。
フユはもう話すことがないのか黙り込み、何処かに消えてしまった。残されたローゼンはもやもやした気持ちを胸に抱えながら、窓の外を気晴らしに眺めることにした。
窓の外では人々がまばらに歩いているのが見えた。その中にローゼンはある人物を発見した。
「あっ!?」
ローゼンはサファイアを発見した。それもサファイアはゼクスと話しているではないか!?
何故二人が話しているのか? 二人は知り合いなのか? サファイアと一緒にいるはずのメルリルはどうしたのだろうか? 頭の中にいくつかの疑問が浮かんだが、解決されることはなかった。
やがて、サファイアとゼクスはローゼンの視界から消えてしまった。二人が見えなくなり、声をかけるべきだったと思ったが、後でゼクスに会った時に聞けば済むことだと考え直し、ローゼンは再び窓の外をぼーっと眺めることにした。
夜になり空に星々が綺麗に見えはじめた頃、ゼクスは約束通りキースたちを向かいに来た。
「準備はいいか? いいならすぐに行くぜ?」
向かいに来た相手は準備万端なのは当然だが、聞かれた方は準備万全とは言えない状態だった。キースは眠りから覚めたのだが、シビウはいくら起こしても起きてくらなかったのだ。
仕方なくシビウを置いて行くことにする。すると、キースとローゼンとフユが残るわけだが、あまり見た目的には役に立ちそうもない。
三人を見てゼクスは思わず不安そうな顔をしてしまった。
「そこのお嬢さんたちも来るのかい?」
ローゼンは精霊だが見た目は可憐な貴族の娘と言った感じで、もうひとりに至っては子供だ。
実はキースも少し不安だった。フユは〈四季使い〉なので戦力になるだろうが、ローゼンは、戦いなどは不得意なようにキースの目には映る
「――この二人なら大丈夫だ」
不安ではあったが、ローゼンが『ここに残る』と言わないのでキースは心にもないことを言った。
たちまちゼクスの表情はやわらくなった。キースの言葉に安心したのだ。
「大魔導士のキース様が言うなら大丈夫だな」
ゼクスは大きく笑った。この反応はキースを信頼しているのからなのか、それとも……?
失笑したキースはゼクスによって莫迦にされているのかとも考えたが、この男は人を担ぎ上げる言葉を本気で言うような奴だと判断した。キースのゼクスのイメージはすでに大雑把で軽い奴ということで固定されていた。
作品名:ローゼン・サーガ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)