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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ローゼン・サーガ

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 村に向かうキースたちの歩くペースを速まっていた。

 一行が訪れた村は、村にしては大きく、都市と同じくらいの大きさであった。ここならば旅に必要な物や宿屋がいくつかあるに違いない。
 村の中は少し騒がしいように思えた。大勢の人々が駆け回って大声を出している。
 いったい何があったのかと耳を澄ませると、ひとりの男がこう叫び回っているのが聴こえた。
「また、魔導士が〈混沌〉になったぞ!」
 キースは自分の耳を疑った。魔導士が〈混沌〉になる――そんな話聞いたことがない。そもそも人間が〈混沌〉になるなどあり得ない話だ。
 事の真相を確かめようとキースは人々の向かう方向に走って行った。その後を他の者も慌てて追いかけた。
 キースたちが向かう方向には大勢の魔導士と思われる人々も向かっていた。村にしては魔導士の数が多い。
 道端で魔導士たちが円陣を組み、何かを取り囲み、魔導の力によって何かをしようとしていた。それを見たキースは自分の目を疑ってしまった。
 円陣を組んだ魔導士たちの隙間から見える、宙に浮いた闇よりも黒い拳大の塊。その塊から発せられる気は、まさしく〈混沌〉であった。だが、まさかこんな道のど真ん中で〈混沌〉が発生するはずがなかった。
 魔導士たちの円陣にキースは入れてもらい、〈混沌〉を間じかで見た。疑いようのない事実だった――そこには〈混沌〉があった。
 他の魔導士たちがしているようにキースも魔導力で〈混沌〉を封じ込めようとした。
 〈混沌〉は魔導士たちに反発するように鼓動を打ち、一回り大きくなった。その〈混沌〉の力に押されて魔導士たちの表情は苦しいものに変わる。
 〈混沌〉から触手のようなものが一本伸び、キースの横にいた魔導士の身体に巻きつくと、そのまま触手を戻して魔導士を吸収してしまった。魔導士を吸収した〈混沌〉はまた一回り大きくなった。
 驚愕した。キースは驚愕してしまった。〈混沌〉から触手が伸び、人を喰らうなど聞いたことがない、これは本当に〈混沌〉なのか。この〈混沌〉は生きているのではないかとキースの頭は混乱した。
 〈混沌〉は再び触手を伸ばした。次に狙われたのはキースだった。
 触手の先がキースの眼前まで迫った。だが、キースは動くことができなかった。
 自分も〈混沌〉に呑み込まれるとキースが思った瞬間。〈混沌〉の触手が本体にゆっくりと戻っていった。そして、〈混沌〉は魔導士たちの力によって筒状の魔導壁に囲まれ封印された。
 生気を失い地面に膝をついたキースの肩を誰かが叩いた。
「危なかったな、もう少しでおまえも〈混沌〉になるところだった」
「ああ、もう駄目だと思った」
 キースの見上げた先には金髪の魔導士が立っていた。
「俺の名はゼクス、おまえは?」
 差し出されたゼクスの手を借りてキースは立ち上がった。
「私の名はキース。メミスという都から来た」
 自己紹介をしたキースは掴んでいた手でそのまま握手をした。
「メミスなら聞いたことがあるぞ、このアムストバーグから遥か南に位置する大国の名だな。その国には強力な魔導を使うキースという魔導士がいると聞いたが、もしやおまえのことか?」
 キースは苦笑した。外国まで噂が一人歩きしているとは思ってもなかった。
「ああ、そのキースとは私のことだろう。だが、本物の私はただの役立たずの腰抜け魔導士だがな……」
「いや、おまえからは強力な魔導の波動を感じるぞ。噂もあながち嘘ではないだろう。そうだ、おまえも俺たちの仲間に入らないか?」
「仲間?」
「詳しい話は酒場でしよう。そこの奴らもキースの連れだろ? おまえたちもついて来いよ」
 ゼクスはキースの肩に腕を回して、半ば強引にキースを酒場に連れて行った。ローゼンは酒場と聞いて少し重たい表情をしたが、シビウは上機嫌になった。
 酒場の前まで来るとまだ昼間だというのに酒の臭いが店の外まで匂って来ていた。
 店内は活気と酔っ払いで満ちていて、ゼクスが入っていくとその活気はより一層高まった。
「みんな飲んでるか!」
 ゼクスが大声をあげると歓声があがった。ゼクスはここの常連客でみんなからの信望も厚いのだ。
 少し場違いなローゼンと、もの凄く場違いなフユを見て客たちは嫌な顔をしたが、ゼクスが自分の連れだというと、何事もなかったように客たちはまた酒を飲みはじめた。
 テーブルについたゼクスは早速ビールを頼み、シビウもビールを注文した。
 ゼクスは不思議そうな顔をした。
「何だ、他の奴らは飲まないのか?」
 キースはビールを飲んだことがなく、精霊と妖精は問題外であった。
「私はビールとやらを飲んだことがないのだが?」
「あんなうめえ飲み物を飲んだことがないのかよ」
 ビールを飲んだことの人間がいるなんてゼクスには驚きだった。
「じゃあ飲んでみろよ。おーい、ビールをじゃんじゃん持ってきてくれ!」
 ゼクスが声をかけるとテーブルいっぱいにビールジョッキが並べられた。そして、ローゼンとフユ以外の者はジョッキを手に取り乾杯をした。
 はじめて飲むビールはキースの口には合わなかった。だが、周りの空気に押されて一気に飲み干した。
 苦しい顔をするキースの横では、ゼクスとシビウが次から次へとジョッキを空にしていた。二人ともとてもいい飲みっぷりで、実にうまそうに見えるが、キースは最初の一杯で満足し、この後は決してジョッキに手をつけなかった。
 誰かが話をはじめなければ、二人の酒好きはずっとビールを飲んでいそうだったので、キースは話の本題を話しはじめた。
「先ほど私に仲間に入らないかと聞いたが、それはどのような仲間だ?」
「おう、そうだったな、その話のことなんてすっかり忘れてたぜ。仲間ってのはな、さっきみたいに〈混沌〉を封じ込める魔導士たちの団体のことだ。この村では魔導士が〈混沌〉になる奇病が流行っていてな。そのために世界各地から大勢の魔導士が集まって来て〈混沌〉を封じ込めてるってわけよ」
 キースとローゼンは今の話を聞いて驚かぬにはいられなかった。だが、ローゼンは酒に臭いで参ってしまって話を聞いているので精一杯だった。
「私は〈混沌〉については詳しくまでは知らない。それでも一般人よりは知っているつもりだった。だが、魔導士が〈混沌〉になるなどはじめて聞いた話だ。それにさっき私が見た〈混沌〉は触手で魔導士を喰らっていた。あれは本当に〈混沌〉なのか?」
「ああ、俺もこの村に来るまで信じられなかったがな、この目で魔導士が〈混沌〉になるのを見ちまってな、信じないわけにはいかなくなった」
 〈混沌〉という物質がキースには理解できなくなっていた。そもそも物質と言っていいものなのか、それすらわからない。
 もし、〈混沌〉が意思を持った生命体であったならば、それは世界がひっくり返るほどの大事だ。根本から〈混沌〉について考え直さなければならない。
「あの〈混沌〉は何故、普通の〈混沌〉とは違うのだ? あれはまるで生きているようだった」