ローゼン・サーガ
そうローゼンが説明して、しばらく経った頃、長に仕える精霊が家を訪ねて来た。その精霊はローゼンを見るなり、いきなり飛びついて来た。
「よく戻って来たなローゼン。俺はおまえなんかが人間の世界に行って帰って来られるか心配だったのだぞ」
この精霊の声質や容姿は人間の女性のようであったが、?中身?は人間で言うと男に近かった。
「サファイア様、わたくしはそんなにも頼りにならないのでしょうか?」
「いやいや、ローゼンの実力はこの里のものならば誰でも知っている。ただ、ローゼンは俺の娘のような存在だからな、心配だったのだ」
このサファイアはローゼンのことを娘のようだと言ったが、サファイアの見た目はローゼンと差ほど変わりない若さに見える。だが、サファイアはローゼンの二倍以上もの時を?今の記憶?で過ごしている。
サファイアはキースとシビウをまじまじと観察するように見つめた。
「そちらの男がキース殿だな、そちらの女は護衛のものか? まあ、とにかく二人ともよくぞ参られた。俺の名前はサファイアと言う」
「あたしの名前はシビウだよ、覚えておきな」
「うむ、なかなか頼もしい人間の女だな。今度お手合わせをしたいものだな」
「あたしだったら、いつでも相手になってあげるよ」
この二人は互いに好戦的であるが、精霊のほとんどは争いごとを好まない。このサファイアはその点では異端と言える。
キースはサファイアが無駄話をして、自分たちを早く長のもとへ案内しないことに、少し苛立ちを覚えていた。
自分を守っていた神殿を飛び出して、旅をしてここまで来たのはサファイアの話を聞きに来たかったわけではない。そう思うキースは自分の功績に自分で満足して、安心できるように早く長との面会を果たしたかった。キースは自分の不安や自信のなさを早く消し去りたいのだ。
「早くこの里の長に会わせてもらいたいのだが?」
「そうであった、長様にも早く連れて来るように言われていたのだったな」
キースに急かされたサファイアだが、言葉ではこう言っているものの急ごうとする素振りは見せていない。むしろ、この場に何時間でもいそうな雰囲気だった。
再度キースはサファイアを急かした。
「早く連れて来るように言われているなら、早く私たちを長のもとへ案内してもらいたいのだが?」
「では、ゆっくりしゃべりながら案内しよう」
少し苛立っているキースには、わざと言っているとしか思えない発言であったが、サファイアにそんなつもりはない。人間は気にしていることに対して、敏感になってしまうものだ。
この里の長によって呼び集められた人間は数多くいるのだが、今この里にいる人間は三人だけだった。その理由は、まだ里に来ていないか、もしくはすでに世界崩壊について調べるために旅立ってしまっているかだ。
長の家の大広間に三人の人間は呼び集められた。キースとシビウ、そして女の魔導士だった。
目をつぶり椅子にもたれかかる長の顔には、多くの皺が刻まれ、枯れ木のような身体をしていた。きっと、人間が二〇〇年や三〇〇年生きるとこのようになるのだろう。だが、精霊の見た目の老いは人間に比べて遅い。つまり、この精霊は数えきれない程の時を生きて来たに違いない。
身体を全く動かすことのできない老いた長は、目をつぶったままここいる者たちの脳に直接話しかけて来た。
《選ばれし二人の魔導士よ、よくぞ参ってくれた。心から礼を言うぞ》
見た目からは想像もできぬ、若く雄々しくも気高い声だった。脳に直接声を送ることによって、送信者はその声を自由に変えられるのだ。
《わしの名はヴァギュイザール。この里の長にして、四貴精霊のひとり》
四貴精霊とは、この世界の精霊や魔導士ならば誰でも知っている名である。しかし、人間の間ではただの伝説上の精霊だと思われている。
四貴精霊ヴァギュイザールの名を聞いたキースは驚きと興奮の波が同時に押し寄せた。そして、もうひとりの目尻の上がった女魔導士は、つい声を張り上げてしまった。
「何ですって!? この枯れ木みたいなじじいが、あの美しくて気高い戦士〈紅獅子の君〉!」
女魔導士の発言にローゼンは目を丸くして、サファイアは蒼い顔をした。〈紅獅子の君〉にこんな暴言を吐いたのは、この魔導士がはじめてだった。
暴言を言われたヴァギュイザールは怒るようすはなかった。
《枯れ木か……おもしろいことを言う人間だ。遥か古に起こった精霊戦争の時に〈紅獅子の君〉と呼ばれるようになったが、今ではこの通りメルリル殿が申したように?枯れ木?だ》
古の伝説の時代、〈姫〉と呼ばれる精霊に〈王〉と呼ばれる精霊が争いを仕掛けた時、精霊の多くが〈姫〉側と〈王〉側のどちらかに分かれ精霊同士の大戦争を起こした。その戦争を精霊戦争と呼び、その際、〈姫〉側には精霊の実力者であった四人の精霊が味方に付き、その者たちはいつしか四貴精霊と呼ばれるようになった。そして、〈姫〉側を支持した四貴精霊は見事〈姫〉側を勝利に導いた。
精霊戦争で功績を収めたヴァギュイザールは、その豪快華麗な剣技が気高い獅子に見えたことから〈紅獅子の君〉の異名を持つようになった。
キースは小さい頃に読んだ絵本に出て来た四貴精霊のひとり、〈蒼魔の君〉の異名を持つ魔導を極めたとされるソーサイアに憧れを持っていたことがあった。キースはそのことから他の四貴精霊の所在が気になった。
「他の四貴精霊は何処にいるのでしょうか?」
《精霊戦争後、四貴精霊は〈姫〉と共に永い時を過ごすはずだった。しかし、〈白光の君〉コスモスがこの世界から消滅してしまった時に、〈姫〉は嘆き哀しまれ〈眠り姫〉となられた。その後、多くのことがあってな、〈姫〉も〈黒無相の君〉も〈蒼魔の君〉も何処に行ってしまったのか、わしにもわからん》
この話を聞いたキースは少し残念そうな顔をした。もし、ソーサイアに出逢うことができれば、自分も魔導を極めることができるのではないかと思っていたからだ。
《だが、今はそのことよりも、世界が何故に崩壊しようとしているのかを調べて欲しいのだ。二人がここに参ったということは、その命を引き受けてくれるということに相違ないな?》
キースは深くうなずき決意を示し、メルリルは高飛車な声をあげた。
「この宇宙一の魔導士であるわたくしが調査をすれば、世界崩壊の謎のひとつやふたつ、簡単に解き明かしてあげますわ」
《なかなか頼もしい人間の女だ。気に入ったぞメルリル》
「こんなじじいに気に入られてもねぇ」
暴言を吐くメルリルの旅の同行者であるサファイアが、ついに頭にきたらしく大声で怒鳴った。
「メルリル、少し言葉を慎みたまえ! 君をここまで連れて来た俺の面目が丸つぶれになるではないか」
《まあ、よい、サファイアそう怒鳴るではない。わしは威勢のよい者が好きだ》
「……申しわけございません」
サファイアはヴァギュイザールの御前で大声を出してしまったことを深く反省した。
《だがな、威勢だけでは困るのだ。ここに二人の魔導士を呼んだのもそのため。二人にはわしと力試しをしてもらいたい》
作品名:ローゼン・サーガ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)