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遼州戦記 保安隊日乗 7

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 ランが静かにつぶやく。彼女の出撃の命令を待ちつつ誠はただじっと時間が過ぎるのを待っていた。
『いえ!L24から方向を転換!目標は急旋回しています!』 
 ピンク色のパーラの髪が揺れてブリッジのパイロット達に緊張が走った。
『目標はP24宙域へ侵入!繰り返す!目標はP24宙域へ侵入!』
 パーラの言葉にパイロット達はそれまでの軽口をやめた。ランからの連絡事項とネネからの報告では主砲のエネルギーチャージまでの時間は30分だった。
『おい、カタパルトはまだ準備ができないのか?』
『馬鹿か貴様は。この段階で展開してもこちらの戦力が拡散されるだけだ』 
『誰が馬鹿だ!誰が!』 
 要とカウラのやり取りをパイロット達は漫然と聞き流している。
『作戦宙域まであと5分です!我慢してください!』 
 整備完成室から島田が声をかけてきた。それを聴いたことを合図とするように迎撃部隊の第一波であるロナルドが機体の固定具をパージした。
『お姉様は私がまも……』 
『いいから黙っていろ!』 
 迎撃部隊に振り分けられている第三小隊長の楓の言葉に明らかにめんどくさそうに要は答えた。
『目標はP24宙域で停止。急速にエネルギー反応が跳ね上がってます!』 
『いよいよ始まりってことか?』 
 パーラの言葉を合図にするようにロナルド、岡部、フェデロが出撃していくのを見ながら要が軽い調子で口走る。誠のモニターからも明らかにカウラは苛立っているように見えた。
『デブリが濃いな』 
 ロナルドの声に誠はここが東和宇宙軍の演習で使った宙域だということを思い出した。
「ここって結構サーチが難しいんですよね。デブリが濃くて」 
『なんだよ、来たことあるのかよ』 
「ええ、宇宙軍の戦闘訓練で何度か……」 
『だったら早く言えよ!』
 要が吐き捨てるように言う。誠はただヘルメットの上から頭を軽く叩いてカタパルトの発射準備態勢に入るシャムのクロームナイトを眺めていた。
『ナンバルゲニア・シャムラード、アルファー・ツー出撃!』 
 それだけ叫ぶとシャムの銀色の機体は射出されていった。
『オメー等も覚悟決めろよ。一番肝心なのはオメー等なんだからな』 
 ランはそう言うと専用機のホーン・オブ・ザ・ルージュのパーソナルカラーの赤をあしらった05式をカタパルトに固定した。
『アルファー・ワン!出る!』 
 そのままランの機体が射出されるのを確認すると静かに誠は機体をカタパルトへと勧めた。
「僕が一番ですよね」 
『言うまでもないことを言うんじゃねえ。こういうのはベテランが最後に出るもんだ。二機め以降が的にされる可能性が高いからな』 
 誠の間抜けな質問に呆れ果てたというように要が呟いた。そのまま苦笑いを浮かべながら誠はそのまま乗機の05式を、ランの機体の射出のために前進していたカタパルトが戻ってくるのに合わせて前進させ、脚部を固定した。
「じゃあ行きます」 
『おう!行ってこい!』 
 ハンガーのコントロールルームから島田のどら声が響いた。次の瞬間、期待は足を中心に一気に艦外へ射出された。白ぽい艦内の景色から星空へと世界が一気に切り替わった。


  殺戮機械が思い出に浸るとき 36

 コックピット内部の全方位モニターに映し出される宇宙空間。先の大戦で破棄され、胡州から東和に引き渡されたコロニーの残骸があたりを覆う。
『随分と視界が効かないもんだな』 
 続けて出撃してきた要の声に誠は静かにレーダー画面に目を移した。
 標的の砲台はP24宙域で停止し、その周りに強い重力波を発生させていた。エネルギー充填と反動を抑えるための重力アンカーの影響だとすぐにわかった。
『予定通りにことは進んでいるな。あとはクバルカ中佐の読みでは……』 
 カウラの言葉に合わせるように砲台から機動兵器らしき機影が出撃したことをレーダーが捉える。
「迎撃は第四小隊ですよね」 
『吉田少佐のコピーがシャムに気づかないことを祈るばかりだな』 
 砲台から出撃した機影は、まっすぐ砲台に突入しているロナルド率いる第四小隊に襲いかかるように見えた。一方、砲台の破壊を目標としたシャムの機影は大回りしてコロニーの後端の影を移動し砲台を目指していた。
「こんなに簡単に行くんですかね」 
『なんだ?初弾くらいは簡単に受け止められると踏んでの余裕か?』 
 冷やかすような要の言葉に誠はとりあえず法術管制システムを起動させた。周囲の空間がまるで手に取るように頭の中で把握される。
『まだだ。インパルスキャノンのエネルギー充填にはまだ時間がかかる。ただ心づもりだけはしておくことだ』 
 カウラはそう呟くと誠の機体の後ろに付けた。それに対抗するように要も機体を誠の機体の後方に移動させる。
「お二人ともそれじゃあ僕が吹き飛んだら……」
『おい、吹き飛ばされるつもりか?オメエさんが吹き飛んだら遼北、西モスレムでの核戦争が起こるんだ。吹き飛ばされてもらっちゃ困るんだよ』 
 画像のない要の言葉に誠は静かにうなづいた。
『西園寺。ちゃんとアタシが後ろで支えるからな。神前吹き飛ばされてもいいぞ』
「クバルカ中佐。それを言わないでくださいよ」 
『ああ、そうだった中佐との二段構えだった。神前、吹き飛ばされてもいいぞ』 
 要の残酷な一言に誠は苦笑いを浮かべた。
『こちらデルタ・ワン。まもなく敵影を捉える……それにしても本当にデブリが濃いな……』
 ロナルドからの通信で状況はすべて嵯峨やラン、そしてオリジナルの吉田の予想した展開へと進んでいるように感じられて誠は安堵しながら遥か視界の彼方の砲台に思いを馳せた。
『ランちゃんこちらも順調。あと二つ大きめのデブリをパスしたら一気に距離を詰めるよ』 
 放題破壊目的のシャムの方も順調に進んでいるのが通信でわかる。すべては上手く進んでいた。うまくいきすぎるくらいに。
『ちょっと待て!』 
 フェデロの叫びがネットワーク上に広がる。
『なんだって……質量が小さすぎるぞ!』 
『デコイか』 
 要とカウラの声に誠はようやく事態を把握した。
『敵は機動兵器三機、あとはデコイだ』 
 ロナルドはそう言うと苦々しげな笑みを浮かべて次々と標的を撃ち抜いてみせた。発射された散弾で残り21機の分のデコイが爆散した。
『シャムは?』 
 ランの言葉に誠は一気にシャムの移動していた空間を拡大してみせた。火線が次々と走り、そこで激戦が行われていることを知らしめていた。
『シャム!』 
『大丈夫……ランちゃん。もう二機落としたよ』 
 通信をするのもやっとと言うようなシャムの状況にランは静かに目を閉じた。
『私達がフォローに……』
『今からじゃ間に合わねえ……やはり吉田のコピーだよ。一本取られた。敵の本命はシャムを待ち伏せしていやがった』 
 デコイを牽引していた三機の機動兵器を撃破したロナルドの第四小隊がシャムのフォローへと向かうがすでに砲台はエネルギー充填を開始していた。
『いきなりトラブルか。さらに何か起きるんじゃねえのか?』 
『西園寺、不吉なことを言うもんじゃない』 
 要の言葉にカウラが唇を噛む。状況は明らかに暗転しつつあった。