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遼州戦記 保安隊日乗 7

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「それほど身内を宛にしているなら少しは兄の言うことも聞くもんだ。今回の件もそうだが、同盟内部じゃお前さんの行動を危険視する向きもある」 
「なに言ってるんですか?自分で同盟司法局に引っ張っといて。俺が何をするかは兄貴が一番よく知っているじゃないですか」 
 弟の愚痴に西園寺基義は静かな笑みを浮かべてパイプをくゆらせる。
「まあそれはそうなんだが、危ない橋を渡ることを嫌うのが政治屋と言う職業さ。そのくせ名誉にだけはこだわるんだからタチが悪い」
「西モスレムじゃ早速、カリフ退位の話が出てるそうですしね。遼北も綱紀粛正は避けられない」 
「まあ政治の世界の常識ではそうなるのが当然ということだ」 
 西園寺は静かにパイプをパイプレストに置くと机の上の書類に手をやった。
「今のタイミングでなんだが……」 
 立ち上がりそのまま手にした書類を嵯峨に手渡す。嵯峨は苦笑いを浮かべながらそれを手にした。
「摂州軍の総司令への任命書ですか?俺は外様ですよ」 
 受け取るなり書類をテーブルに放り出す嵯峨。その姿を予想していたというように笑みを浮かべながら西園寺は見つめていた。
「なに、書類上の話だ。実際戦争の素人の康子に任せてばかりはいられないだろ?」 
「俺は一度も剣術では康子さんに勝ったことないんですよ……」 
「剣術の話をしているんじゃない。あと、康子の身を案じての話でもないがな」 
「そりゃそうだ。あの地上最強の生物の心配をするだけ無駄だ」 
 嵯峨の『地上最強の生物』の表現に西園寺は苦笑を浮かべた。
「胡州正規軍に対して睨みを効かせるなら素人の康子より貴様の憲兵畑の経歴の方が睨みが利くという話だ」 
「さすが宰相殿。ご苦労お察ししますよ」 
 皮肉を込めた嵯峨の言葉に西園寺は顔を歪めた。
「遅かれ早かれ胡州の保守派、特に烏丸一派は情報収集を独自に始める。そしてゲルパルトに東和宇宙軍や菱川重工業が支援をしている事実にたどり着く」 
「まあ今回の一件が無事に片付けばって話でしょ?そんな先のこと考えちゃいませんよ」 
 嵯峨の言葉に西園寺はうなづく。そして西園寺はそのまま雨の打ち付ける窓越しに空を見上げた。
「全てがうまくいくといいな」 
「どうですかね?」 
 嵯峨はいたずらでもしたかのような笑みを浮かべると静かにタバコを吹かした。東都に春を告げているように雷鳴が響く中兄弟は大きくタバコの煙を吸い込むのだった。


  殺戮機械が思い出に浸るとき 33

「以上、質問はって……西園寺。そのツラはなんだよ」 
「何でもないですよ」 
 少女の言葉に西園寺要は明らかに不機嫌そうに呟いた。要がそれなりの金額を叩いて手に入れた情報をつらつらとあっさりやっつけで説明した少女の態度に明らかに苛立っていた。
「さっと立ってタバコでも吸いにいかないの?」 
「これでもかなり進歩したんだろ」 
 アイシャ・クラウゼとカウラ・ベルガーはそうやって要を冷やかしてみせる。その態度がやはり気に入らないのか、隣に座る神前誠を押しやって立ち上がろうとするが、再び思い直したように静かにブリーフィングルームの堅い椅子に座りなおす。少女ことクバルカ・ラン中佐はその様子に満足したように笑みを浮かべた。
「アタシもなあ、心配してたんだよ。お前さんが懸命なのは分かってたし……まああの御仁を叔父に持ったのが不幸だったってことだよな」 
「全部知っててあたしの背中を押したのか?あの中年……」 
 ぐっと右手を握って立ち上がろうとする要をカウラと誠が両脇から掴んでようやく座らせる。本気を出せば生身のカウラや誠など振りほどけるサイボーグの要だが、なんとか自分に言い聞かせるようにして再び着席した。ランの説明をその後ろで聞きながら端末にメモを残していた技術士官許明華大佐は静かにうなづきながらランを見上げる。
「正直アタシも聞いたのは出発直前でね。まあ隊長も事実を知ったのは恐らくお前さんたちが真実にたどり着いた後の話だと思うぞ」 
「そりゃそうだ。しかも本人からのリークだろ?」 
 わかりきっているというように要が吐き捨てる。誠はこの女性達の葛藤をどうにかできないかと影に隠れるように様子を見ている先輩の島田正人技術准尉やキム・ジュンヒ火器担当少尉の方に目をやるが、どちらもかかわり合いになるのはゴメンだというように目を合わせようとはしない。
「中佐、わかったことは全て話してもらえたんだね」 
 第四小隊小隊長のロナルド・J・スミス特務大尉はそれだけ言うとうなづいたランを確認しただけでそのままブリーフィングルームを後にした。
「お姉さま……」 
 いつの間にか要に寄り添っていた嵯峨楓の存在に気づいて要が大げさに引き下がる。
「もしおこずかいが足りないなら……僕のを使ってくれてもいいんですよ」
「足りてる!足りてるから!」 
 いつものように迫ってくる従姉妹に冷や汗混じりで叫ぶ要。それを見てにやると笑ったランはそのまま足早にブリーフィングルームを後にした。
「逃げやがった!このバカ!」 
 要が軽く身を乗り出してきている楓の頭を叩く。楓はその手を軽く払うとそのまま何事もなかったかのように場を後にした。
「あいつのせいで逃げられた!楓の野郎……」 
「違うわよランちゃんを逃がしたのよ。どこまで行っても隊長の娘よ。食えないわよ」 
 アイシャの言葉に要は力なく振り上げた拳を机の上に静かに下ろした。
「それより……」 
 アイシャのその言葉の先には茫然自失としているナンバルゲにア・シャムラードの姿があった。何もない空間をぼんやり見つめてランの講義がまだ続いているように座り続けている。
「コンビ組んでた相手が人間じゃなかったんだ。多少の動揺はあるだろ」 
 ただぼんやりしているシャムに誠は立ち上がるとそのままそばへと歩み寄った。
「誠ちゃん……」 
「やっぱりショックだったんですか?」 
 誠の言葉にシャムは曖昧な笑みを浮かべるとそのまま静かに首を横に振った。
「ショックとかそういうのじゃないんだ……あえて言えば少し寂しいかな。もう十年以上の付き合いなのに……何も話してくれなかったなんて……」 
 珍しくセンチメンタルなシャムの言葉に先程までのいじけた表情を浮かべていた要がにじり寄った。
「おい、オメエのことだからただ単に鈍感だっただけじゃないのか?」 
「そうかもしれないね」 
 反発を予想していた言葉をあっさりと肯定された要はつまらないというように立ち上がって大きく伸びをした。
「それより神前。大丈夫なのか?相手のインパルスカノンの砲身が焼きつくまで6発。まあ後半は砲身が傷んでいるだろうから威力はそれほどでもないだろうが初弾と二発目は月をぶち抜く威力だぞ。それを干渉空間で受け止めるって……」 
「そうだよ!誠ちゃん大丈夫なの?」 
 自分の殻に閉じこもっていたシャムが要の言葉で我を取り戻したかと思うと誠に向けて感情を爆発させたような大声を発した。誠は驚きながらカウラとアイシャに目をやった。
「どうなの誠ちゃん。大体わざとインパルスカノンを撃たせるなんて……計算上は受け止められるって話だけどあくまでも計算の上での話」