遼州戦記 保安隊日乗 7
「理解するおつむがねえんじゃなくて何も起きなかった時に責任を取らされるのが嫌なんでしょ」
ランの皮肉に嵯峨は苦笑いを浮かべながら天井を見上げた。
「ラン。そんときのためにこれから同盟加盟国のお偉いさんに頭を下げに行くんだから」
「まあそれも隊長の仕事というわけですか」
「そういう事」
それだけ言うと嵯峨は決心したようにそのまま歩き始めた。
「それと要の奴にはなんて言います?あのバカ自分の小遣いが減ったって怒りますよ」
ランの言葉に嵯峨は足を止めるとそのままひとつ首をひねったあと手を軽く振って歩き始めた。
「なあに。自分の金遣いを反省するのも悪くないんじゃないの?それに無駄にはならないと思うよ、長い目で見りゃ」
投げやりな嵯峨の言葉にランはただ一つ大きなため息をついた。
殺戮機械が思い出に浸るとき 30
「まるで尋問だな。安城さんか」
リムジンのソファーの中、菱川十三郎は静かに苦笑いを浮かべると静かに戸棚から葉巻を取り出す。そんな仕草を冷徹な目で安城秀美はただ見つめていた。
「尋問したい気分ではありますが……」
「証拠がないんだろ?あればそんなひどい表情でわしの前に立つわけがない。美人が台無しだよ」
静かに菱川は葉巻用の強力な火力のライターで葉巻を舐めるように炙って火を点け、ゆっくりと味わうようにくゆらせる。菱川の意外に思ったことは目の前の同盟司法局の機動部隊長が表情をひとつ変えずに菱川を見つめていることだった。
「タバコは吸わないんじゃないのかね。その割には……平気なような」
「ええ、ただヘビースモーカーの同僚がいるものですから」
「ああ、嵯峨惟基か……」
得心が入ったと静かにうなづきながら手にした葉巻を弄ぶ菱川を相変わらず表情一つ変えずに秀美は見つめていた。
「なんとか報道管制のおかげで混乱は避けられていますが、砲台は完全に東和軍の制御を離れました」
「ほう、私も聞いてはいるよ。うちの兵器開発部門が先走ったのは私の責任でもある。それが制御不能となれば私もそれ相応の責めを負うつもりだ」
それまでの悠然とした態度から神妙な言葉に変わってみせた菱川だが、秀美はその予定されたような態度の変化に眉をひそめた。
「一大コンツェルンの一部門のコンプライアンス違反に経営者が責任を取る。実にご立派ですね」
「皮肉かね。ただ、今回のプロジェクトについては私も詳しい報告は受けてはいないんだ。おそらく私の知っている内容はあなたの知っている内容と変わらないか、もしかしたらよりアバウトなものかもしれないな」
「コロニー系一つが吹き飛ぶ砲台の設計をそんな末端組織で行っていたんですか……」
「それは結果だよ。インパルスキャノンの基礎となる波動利用式エネルギー砲開発の前段階ではそれほどの威力を持つとは考えてはいなかったわけだからね。威力が過大になったのは開発過程でいくつかの発見がなされたことと、法術研究による空間干渉型兵器の登場によるところが多いんだ。……そう言えば君の同僚の嵯峨氏の部隊にいるんだそうだね、法術の実戦使用を初めて行った人物は……責任の一端は彼にもあるとは思わないかね?」
再び菱川の表情に余裕のようなものが浮かんでいるのを見て秀美は苦笑いを浮かべた。嵯峨の部下、神前誠曹長の話をされれば、当然今回の騒動の主役のひとりである吉田俊平の話に話題が移るのは明らかだった。ほかの情報は菱川が掴んでいる範囲はわかってはいたが、目の前の狸が吉田俊平に関してどれだけの情報を持っているかは秀美にも読みきれずにいた。
「一つだけ確認したいのですが……あなたは今回の事件の結末がどうなることを望んでいるのですか」
秀美の問いに少し意外そうな表情を浮かべたあと、葉巻の灰を灰皿に落としながら菱川は口を開いた。
「今回の事件が起きる前の状況に戻ることくらいかね」
菱川がそれだけいったところで秀美の背中にあったドアが開いた。
「尋問はこれくらいでいいかね。私も暇ではない」
「ええ、これ以上時間を使っても無駄のようですから」
それだけ言うと秀美は黒塗のリムジンから寒々しい2月の東都の中央通りの歩道へと足を向けた。
殺戮機械が思い出に浸るとき 31
誰もいない戦艦を思わせるブリッジ、いくつものモニターが周辺の障害物などの映像を映していた。
『用か』
ブリッジに響く声。艦長席のようなゆったりとした椅子の前のモニターが点灯し、一人の老人の姿を映し出した。
「用というほどではない。確認だ」
老人はそう言うと口ひげに手をやる。もう一方の声の主、この艦そのものである吉田俊平は何も答えることはなかった。
「現在我々の艦隊は衛星、麗から5万キロまで接近している」
『準備がいいな。まるで測っていたみたいだ』
艦の声に老人ルドルフ・カーンは満足げにうなづく。しかしその目は明らかに猜疑心に取り憑かれたそれだった。
「仕掛けるつもりか?嵯峨の保安隊と」
『わかっていて聞くとはなんともスマートさに欠けるんじゃないかな。それに俺が仕掛けることはあんたの溜飲も下がるんだろ?』
その言葉にカーンは苛立たしげに口ひげを撫でながらも口元に愛想笑いの笑みを浮かべた。
「確かに溜飲は下がる。だが本当にやらなければならないことは……」
『なあに、あんたの溜飲を下げるだけじゃ、こんな素敵な体をくれた礼としては不足なことはわかっているよ。二三発インパルスカノンをぶっぱなしてあんたの言う豚共にこの世の秩序というものを教えてやるっていうサービスまでつけよう』
「遼北・西モスレム国境に一撃、東都に一撃、あと敗北主義の胡州に一撃」
『なんだ豚の意味までわかっているのか……』
艦の言葉にカーンは満足げにうなづく。
「多少の無茶はどうにかできる設備はこちらも用意してある。とりあえず保安隊を屠ったところでできれば数発威力を見せつけることができれば満足だ」
カーンの笑顔に艦は笑顔を浮かべているとでも言うように誰もいない操縦桿を左右に振ってみせる。
『無茶をするのはこちらではない。保安隊とオリジナルの方だ。そちらではオリジナルの所在は掴めたのか?』
機械的声の言葉にカーンは頷いてみせた。
「現在のところ西園寺の州軍に身を寄せて全速でそちらの宙域に進行中だ。こちらも一緒に片付けてくれると助かるな」
『なあに、望むところだ。それに今回は我々の同胞の恨みを晴らすのには最高の舞台じゃないか!』
「同胞意識か。そんなものもあるのかね、君達には」
驚いた様子のカーン。艦は静かに語り始める。
『情報は共有され、精査されて始めて意味を持つんだ。我々はそのために常に記憶を更新しながら現在まで記憶の共有化を図り、それを東都のセンターで分析することで情報端末としての役割を全うしてきた。そのセンターと一体の嵯峨惟基と接触した個体がそのシステムの輪を破壊した。センターとあの個体には秩序を破壊した罪がある。……秩序を大事にするのが君等国家社会主義者の美徳だと聞くが?』
自分に話題が振られて少しばかり困惑した表情を浮かべながらカーンは口元のヒゲをなでた。
「私の美徳なんてことはどうだっていい」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 7 作家名:橋本 直