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遼州戦記 保安隊日乗 7

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「それまではただ無秩序に情報を収集し、情報収集端末である義体購入の資金を捻出するために傭兵稼業に勤しんでいた吉田俊平の中の一つの個体がこれまでとは明らかに違う行動をとり始めた」
「確かに遼南内戦での嵯峨隊長の兼州軍閥が人民軍に加担した途端に決着がついたのは吉田少佐の力によるところが大きいからな」 
「それと教条主義者の粛清直前が目の前に来たところで隊長を担いでクーデターで王政復古。そのまま権力を掌握してみせるなんて情報端末にしては過ぎたやり口ね」 
 カウラとアイシャの言葉に誠は高校時代のニュースの中央にいた人物がこれまでごく普通に彼の前を歩いていたという事実を思い知らされて身の震える思いを感じていた。
「それは歴史の表側の話。裏ではその個体による他個体の破壊が行われていたんです。そして最後の端末の破壊には私も立会いました」 
 ネネのはっきりとした口調にそれまで冊子に向けられていた要のぬるい視線が鋭くネネの瞳を捉えた。
「つまりその変わり者の吉田俊平……つまりアタシ等が相手にしていたそれ以外の個体はすべて破壊されているわけだな」 
「でもなんでそんなことを……」 
 誠の言葉に要、カウラ、アイシャの三人がほとほと呆れ果てたというようにため息をつく。
「いいな、オメエは幸せで」 
「羨ましいな」 
 要とカウラのため息混じりのセリフに誠はただ慌てるばかりだった。そんな誠を思いやるようにアイシャが誠の肩に手を当てる。
「要ちゃんは脳幹以外はすべて人工物。わたしとカウラちゃんは遺伝子を操作された人造人間」 
 アイシャの言葉に誠は少しばかり三人が吉田がなぜ他の個体を破壊しなければならなかったかのヒントのようなものを掴んだ気がした。
「自分が自分であるためには自分以外の自分を全て消さなければならなかった」 
「誠ちゃん正解」 
 ようやくひねり出した誠の答えにアイシャはそれだけ言うと寒々しい小さな拍手をしてそのまま視線をネネへと向けた。
「そして本当に最後の一人が……」 
「空に浮かんでるあれか」 
 ネネの言葉に要は静かにうなづく。誠はただ分からずに呆然としていた。
「例の砲台のコントロールシステムをハッキングしたってこと?」 
 投げやりなアイシャの言葉にうなづくネネを見てカウラはキッと唇を噛み締める。そして誠も事の重大性を認識して背筋が寒くなるのを感じていた。
「演習って言いますけど……実戦じゃないですかこれじゃあ」 
「実戦?そんな甘いもんじゃねえよ」 
「試練と言った方が正確だな」 
 要とカウラの言葉に誠は天を見上げた。
「誠ちゃんは何か持ってるんじゃないの?誠ちゃんが絡むと大体絶体絶命のピンチに陥るじゃない、私達」 
 アイシャの言葉が誠に更に追い打ちをかけた。
「まあ今のところオリジナルの吉田が空の上のバックアップに知られずに得られたデータは?」 
「これ」 
 慎重に袖の下からマイクロチップを取り出したネネは静かにそれをテーブルの中央に置いた。
「どこまで探りを入れてくれたか……」 
 アイシャはそれを手にすると心底感心したようにつぶやいた。
「あてにはしない方がいいだろうな。もし弱点でも見つかっていたらすでに空のあれは秘密を消すために東和宇宙軍に破壊されているはずだ」 
「そういうことだな……」 
 それだけ言うと要はテーブルの脇に置かれた鈴を鳴らした。
「まあ苦労はそれなりにしてもらったようだからな。ちょっとしたお礼だな」 
「フランス料理のフルコースがちょっとしたお礼ね。さすが金持ちは違うわね」 
「アイシャ。ならテメエは食わなくてもいいんだぞ」 
「いえいえ、食べますとも。今回もギリギリの戦いになりそうだし」 
 鈴の音を聞きつけてギャルソンと店員は手にしたフォークやナイフを慣れた手つきでテーブルに並べ始めた。
「確かにアイシャの言うようにギリギリだな。そして……」 
 並べられていく食器を眺めていたカウラの視線が誠に向かう。
「僕ですか?」 
「そう言うこと。吉田の野郎のあてにしている本命はシャムだろうが、神前のちからも計算には入れて勝負に出ているだろうからな」 
 前菜を並べ始めたギャルソン達の動きに合わせるかのような要の言葉に誠は頭を抱えた。
「なんでいつも僕なんですか……」 
「いいじゃないの、必要とされるのは生きている証よ」 
「アイシャ、たまにはいいことを言うな。そういうわけだ……、ああ、私は運転をするから水でいい」 
 カウラの隣に置かれたグラスにワインを注ごうとするギャルソンを制止して、そのままカウラは置かれていた水の入ったグラスに口をつけた。
「まあカウラはいいとして、最期の晩餐とならないようにしたいものだな」 
 手にしたワイングラスをかざす要。誠はネネとともにこの騒動をこよなく愛する女達に運命を握られている事実をまざまざと思い知ることになった。


  殺戮機械が思い出に浸るとき 29

「また出かけるんですか……」
 新港、司法局実働部隊活動艦『高雄』の部隊長室を出ようとする嵯峨惟基を呆れたような顔をしてクバルカ・ランは眺めていた。
「すまねえな。お前さんは転属して以来ずっと苦労ばかりかけちまって」 
「まあわかっちゃいたんですがね。それに西園寺達は軍のエリートよりも伸び代があるからそれなりに楽しんじゃいますがね」 
「そりゃいいや」 
 半分負け惜しみのようなランの言葉をまるで聞いていないようにそのままカバンを手にして通路を進もうとする嵯峨。ランはその背中を眺めながら再びため息をついた。
「そんなに俺に期待するなよ」 
「いやね、隊長の人の悪さに呆れてれだけですよ。アイツ等のいつもの探偵ごっこ。今回はちょっと遊びがすぎたって思ってまして」 
「まあな。今の状況になりゃ吉田も自分の足跡を俺なりお前さんなりに言うだろうとは読めてたからな」 
 それだけ言うと嵯峨はポケットからガムを取り出して口に放り込む。
「まあ吉田の野郎が身を寄せるなら口が堅い人物の睨みが利く場所ということになる。となると誰も口を割ることを強制しない人物を頼るのが一番賢い」 
「まあな。あの地上最強の生物相手に取引するバカはいねえだろ」 
 ガムを噛みながら嵯峨は頭を掻いた。
 同盟構成国の中でも貴族制の体制を持ち、その頂点に君臨する四大公家の筆頭西園寺家。その私兵である摂州党を率いる西園寺康子は嵯峨にとっては血縁では叔母に、戸籍上は姉に当たる人物だった。彼女の法術師としての能力はランが知る限りでも最強の部類に属する。そして弟のためとあればいくらでも骨を折るその行動原理からして吉田が当初から自分の身柄を隠すのに利用していたことは、吉田からの連絡があってみれば当然のことに思えた。
「で、うちの演習……と言うか実戦になるでしょうが、予定時刻より5時間到着時間が遅れるわけですが……」 
「まあどこの陣営も今回は法を犯して内惑星域で軍艦をワープさせることはしねえだろうな。あの砲台が火を吹けば億単位の人間が蒸発するが、同盟上層部にはそれを理解するオツムがねえからな。そんな大虐殺をする人間はいない。そう思い込んでる」