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遼州戦記 保安隊日乗 7

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「まあそれでダメならまた叔父貴に聞くさ、一番付き合いが長いのは叔父貴だからな。自分じゃ動かねえがアタシらにヒントくらいくれるだろ」 
「最初からそうすればいいのに……」 
「アイシャ!何か言ったか!」 
「別に」
 はじめの乗り気とは打って変わってめんどくさそうに答えるアイシャに誠は大きなため息をついた。
「それにしても……あんまり食べないわね。誠ちゃん」 
 トースト一枚とスクランブルエッグ。それにソーセージ一本で食事を終えた誠を不服そうにアイシャが見つめていた。
「まあ朝ですから」 
「昨日は飲んで無いじゃないの……もしかして何か作ってるの? 」 
 誠の趣味のフィギュア作りの話を聞き出そうとしているアイシャだが。誠には特に話すことは無かった。
 確かに正月に実家に帰ったときに道具の一式は持ってきていたがそれは倉庫に眠ったままでとりあえず手を付けるめども立たない。それ以前にこのうるさい三人娘の相手で心の余裕は久しく失われていた。
「久しく作ってはいないんですが……食欲がないのは、今日はいろいろとありそうなので」
「なら食っとけ! 」 
 要が自分の皿の上のソーセージを誠の皿に移す。そしてにんまりと笑うわけだが、誠はどうにもただ愛想笑いを浮かべるしかなかった。そんな要をカウラは冷ややかに見つめている。
「なんだよカウラ。気が向かないなら来なくて良いぞ」 
「行かないとお前が何をするか分からないんだ。ついていくよ」 
 皮肉めいた笑みを浮かべながらカウラは静かにそうつぶやいた。
 仕方なく誠はソーセージを食べる。味気ない感じ。
「旨いか? 」 
「ええまあ」 
 形式的なやりとり。要は特に感慨も無いと言うように立ち上がる。
「じゃあ十分後に駐車場。アイシャ。遅れたら置いていくからな」
「四人乗りってことは使うのは要ちゃんの車じゃないじゃない!勝手に決めないでよ」 
「こういうことは誰かが決めないといけないんだ。ともかく遅れたら置いていくからな」
 不服そうなアイシャを置いて立ち去る要をただ呆然と誠達は見送った。
「やる気ですね」 
「ろくでもないことになりそうだ」 
 誠とカウラはため息をつく。
「まあいいじゃない、楽しみましょ」
 アイシャはただ一人やる気があるというように元気よく立ち上がった。
「準備ですか? 」 
「まあね」 
 そう言って誠とカウラは遅い朝食の食堂に残された。
「本当に大丈夫なんでしょうか?」 
「まああれだ。ハンドルを握っているのは私だ。その意味はわかるだろ? 」 
 カウラもそれだけ言うのが精一杯だった。確かにこの下士官寮に住む要、カウラ、アイシャの三人が通勤や移動に使っているのはカウラの赤いスポーツカーだった。だが要も一応は自分の超高級スポーツカーを持っている。やるとなったら自分で動く可能性も無きにしもない。
「でも本当に大丈夫ですか? 」 
 ソーセージを食べ終わると誠は念を押すように聞いてみた。カウラはただ儚く笑う。実際それ以上の事をカウラに求めることは酷だった。
「まあうちも遼北と西モスレムの軍事衝突が起きれば招集されるでしょうから……無理せずに行きますか」 
 誠は半分は自分自身に言い聞かせるようにしてそう言うと立ち上がった。カウラも力なくそれに続く。二人だけの食堂。二人の思いは一つ。場合によってはロマンティックな場面になるのだが、それが要と言うトラブルメーカーに頭を抱えての場面。気分はただ面倒くさいの一言に尽きた。
「行きますか」 
 どうしても誠の出す声には倦怠感ばかりが浮き上がっているように感じられた。
 誠はそのまま食堂を飛び出し、階段を上り、自分の部屋に飛び込む。遅れていけば要の機嫌は確実に悪くなる。その原因に自分がなるのは得策ではない。
 ジャンバーを羽織り、財布を持つとそのまま階段を駆け下りた。
「神前はやる気なのか? 」 
 まるで不思議な生き物を見るように食堂を出たばかりのカウラが誠を見つめていた。
「とりあえず僕が相手をしていますから、準備はゆっくりしてください」 
「悪いな。助かる」 
 そう言うとカウラはゆっくりと階段を上がっていく。
 誠はとってつけたような地味な玄関の靴箱からスニーカーを取り出して履いてそのまま道路へと飛び出した。
 初春の風はまだ冷たい。仕方なくジャンバーのジッパーを閉めるとそのまま誠はポケットに手を入れて隣の駐車場に向けて歩き出した。
 すでに始業時間を過ぎている。止めてある車は三台。黒い小型車は先月異動していった技術下士官の車。急な異動でパンクの修理の時間が無いため島田が直してから売りに行く予定のものだった。隣には銀色の要の超高級スポーツカー。余りにも場違いな為、今のところいたずらはされてはいないが、いつかはされるだろうと誠もつい苦笑いを浮かべた。
 そしてその奥に最新型の赤いスポーツカー。そしてその隣には……、
「早く来い! 」
 叫ぶ要の姿がある。誠は仕方なく小走りで要のところまで急いだ。
「アイツ等はまだか? 気合いが足りねえよ」 
「いや、これはあくまで休暇中のことで仕事じゃないですから……」 
 誠のいい訳に明らかに不機嫌になる要。そのタレ目が殺意がこもっているように歪む。
「なんだ? 同僚が行方不明なのに気にならないのか? オメエは。冷たい奴だな」 
「行方不明も何もちゃんと仕事は進めてるんだから無事なんですよ。やっぱり余計なお世話はしない方が……」 
 ここまで言って誠は言葉を飲み込んだ。下手に逆らえばただ機嫌を損ねるだけ。こういうときは黙っているに限る。
「余計なお世話かもしてないけどよう。やっぱりこういうとき心配してくれる人がいる方がいいと思わねえか? アタシは心配してもらった方が……」 
「私が心配して上げる」 
 突然後ろからアイシャに声をかけられて要はもんどり打って誠に抱きついた。その後ろではカウラがめんどくさそうに車のドアの鍵を開ける。
「あらー……朝から情熱的ね」 
「脅かすんじゃねえよ! ちゃんと一声かけてから声をかけろ! 」 
「一声かけてから声をかけるって……どうやるのよ。やりかたが分からないから教えてよ」 
 いつものアイシャの減らず口。要はただ怒りをため込んでアイシャを睨み付けた。
「押し込まないでくださいよ」 
 180cmに近いアイシャが隣に座るとなると186cmの長身の誠はいつもよりさらに小さくなって後部座席に入り込まなければならない。
「文句を言わないの。男の子でしょ? 」
「テメエがでかいんだ。いい加減にしろ」
「身長は工場出荷時から変わらないわよ」 
 アイシャがひねくれたように要を睨み付ける。アイシャの鮮やかな瑠璃色の髪の毛を見れば確かに彼女が自然界で生まれた人間でないことは誰の目にも明らかだった。
 うんざりした表情でカウラが車を出す。静かにエンジンが回り、車は砂利道を動き出した。
「それにしても……要ちゃん。吉田少佐の家は分かるの? 」 
「アイシャ……西園寺もそこまで馬鹿じゃない」 
「フォローするのか馬鹿にするのかどちらかにしてくれ」