小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

遼州戦記 保安隊日乗 7

INDEX|49ページ/63ページ|

次のページ前のページ
 

 誠はすぐにどろどろした女性関係を山ほど抱えた機関部の面々の顔を思い出した。昔からもてるという言葉とは無縁だった誠にはあまり想像の付かない世界。面倒そうだなと思いながら管理部のいつものように忙しく働いている様子の見える二階へとたどり着いた。
「さっさと着替えるわよ……まあ誠ちゃんは一人で男子更衣室だけど」 
 廊下を足早に歩きながらのアイシャの一言。まあ誠はいつものことなのでただ曖昧に頷きながらその後ろについて歩く。
 確かに人通りは少なくなっている。機動兵器を運用する部隊がどれほど技術面での支援を受けているか、そしてその支援のためにどれほどの人員が割かれているのか、それを誠はしみじみと実感した。
「じゃあ誠ちゃんはここで」 
 誠は男子更衣室の前に置き去りにされる。中に入ってもやはりひんやりとした空気が中を占めているばかり。いかに多くの技術部の面々がこの部屋を利用していたのかを実感しながら誠は自分のロッカーを開いた。
 慣れた手つきでジャンバーを脱いでセーターをハンガーに引っかけ、カーキーグリーンのワイシャツを身にまとい、ワンタッチ式のネクタイを首に巻く。
「ふう……」 
 いつもならそこで島田や菰田の突っ込みが入るところだった。その島田はたぶん新港で05式の運搬作業の監督をしていることだろう。菰田は管理室の中で端末のモニターを睨み付けながら首をひねっている様を見たばかりだった。
「なんだか寂しい感じなんだな」 
 それだけ言うと誠はスラックスを素早く履き、ベルトを無造作に締め、ジャケットを羽織って略章の位置を直すと下士官用の制帽を被って廊下へと出てみた。まだ女性陣の姿は無い。
「このまま一人で隊長室か……」 
「そりゃあストレスだわな」 
 突然足下から声をかけられて驚いて飛び跳ねる。
「おい……そんなに驚かれても困るんだけど」 
 苦笑いを浮かべているのは部隊長の嵯峨本人だった。
「隊長……暇なんですか? 」 
「まあね……鑑定を頼まれてる品物は全部東都の別邸に送っちゃったし……さすがにこれから任意の取り調べを受ける人間が銃のカスタムなんて……する気も起きないしね」 
 そう言うとそのままよたよたと健康サンダルの間抜けな音を立てながら隊長室へと歩いて行った。
「隊長! 」 
 誠の突然の呼びかけに頭を掻きながら嵯峨は面倒くさそうに振り向いた。
「今回の演習……」 
「ああ、予定通り。なんにも起きないよ」 
 あっさりとそれだけ言うと嵯峨は再び隊長室に歩き始める。
『聞くだけ……無駄だよな』
 さすがに嵯峨という人物が分かってきた誠はそう思い直すと奥の女子更衣室から要達が出てくるのを待った。
「おう、暇そうだな。待ちぼうけか?」 
 再び暇そうな人物が誠の前の医務室のドアを開いて現われた。小太りの眼鏡、浅黒い肌がどう見ても部隊の誰とも一致しない個性を持っている男。
「ドム大尉。出撃前の健康診断とかは……」 
「健康診断だ? そんなものをしなくたってお前等はみんな健康だろ? それとも何か? 日々の訓練はあれは飾りか何かか? 」 
 不機嫌そうに呟くドムにただ誠は頭を掻く他無かった。
「そう言うわけでは無いんですが……データをとるとか……」 
「戦闘が人に与えるストレスのデータなんざ16世記くらいから集められてるんだ。今更俺が何をしろって言うんだよ。それに法術絡みとなれば俺はお役ご免だ。その点ならヨハンあたりに聞くのが一番だろ? 」 
「ええ、まあ」 
 尤もな発言に誠はただ黙るしかない。
「まあ、あれだ。帰還後はみっちり検査の予定が入ってるからな。こう言うのは始まる前より終わった後が大事なんだ。いくら技術が進んでも、うちの整備の連中ががんばっても宇宙放射線の影響やら反重力エンジンから発せられた素粒子の遺伝子に与えたダメージやらの計測はヨハンの手にはあまるからな。覚悟しとけよ」 
 それだけ言うと出て来たときと同じく突然のように扉を閉めて医務室に閉じこもる。
「何が言いたかったのやら……」 
「待たせたな」 
 考え込んでいる誠の背後からカウラの声が響いた。驚いて振り返る誠の前に苦笑いを浮かべる要と口笛を吹いて余裕の表情のアイシャの姿も目に入ってきた。
「さあ、小言でも食らいに行きますか! 」 
 やけに張り切ったようにそう言うと要はすたすたと隊長室目指して歩き始める。誠も重い足取りでその後を静かに付けていった。
 隊長室の前に付くと早速ドアノブに手を伸ばそうとする要の前をカウラが遮った。
「礼というものがある」 
 ただそれだけ言うと無表情にカウラはノックをする。
『おう! どうせベルガー達だろ! 』 
 相変わらずのやる気のなさそうな声にカウラは肩を落としながらドアを開いた。
「どうだ? ずいぶん片付いたろ? 」 
 誠達が部屋を見回す前に嵯峨が叫ぶ。いつも見慣れた書類と銃の部品の散乱した隊長の執務机とは別物のように磨き上げられてそれらしく見える机と何もない部屋に誠達はただ言葉もなく黙り込んでいた。
「あれだ……公安の連中が俺のことを嗅ぎ回ってるからな……近々任意の取り調べってことになるかも知れないからな。そうなると鑑定を頼まれてる品が心配だ。物の価値も知らない連中のことだ。下手をして傷つけられたらたまったもんじゃねえから片付けた」 
「簡単に言うけど……あれじゃねえのか? また茜の奴を使ったんだろ? 」 
 苦笑いを浮かべる要。
「まあ……門前の小僧、習わぬ経を読むって奴でね。アイツも餓鬼のころから俺の事務所で骨董の類を見て育ったからな。それなりに見る眼もあるし、そう言う品を専門に預かる業者にも顔が利くしな」 
「かわいそうな茜ちゃん」 
 いつもはこういう時には黙っているアイシャですら同情の言葉を吐く。美術品運搬の専門業者がこの部屋に鎮座していた嵯峨に鑑定や極め書きを頼んだ品を運び去っただけには見えなかった。軍の連隊長クラスのそれなりに威厳のある机に不釣り合いな使い込まれた万力を初めとした嵯峨の趣味とも言える拳銃のカスタム用の部品や工具まで部屋から消えている。さらにいつもなら歩く度に巻き上がる金属粉も、べっとりと染みついているガンオイルの汚れすらぱっと見た限りどこにも存在しなかった。
「この部屋を三日かそこらで一人で掃除……」 
「一人じゃ無理だな。茜と……つきあいで渡辺。それに叔父貴のカスタムの秘密を盗みたいと言うことでキム……さらにはそのつきあいでエダ……四人がかりならなんとかなるだろ? 」 
 要の推測に嵯峨は満足げに頷く。
「当りだ……少しはモノが見えてきたみたいだねえ……叔父として心強い限りだが……」 
 そこまで言うと嵯峨は胸のポケットからマイクロチップを取り出す。
「脇が甘い……あれだろ? 租界の『預言者』に吉田の情報を探らせているらしいじゃねえか……しかも出してる金額聞いたら……呆れたよ」 
 嵯峨は哀れむような視線を要に向けたままどっかりと隊長の机に腰を下ろした。
「機密には金がつきものだろ? 」 
 若干自信が揺らいでいるようで要の言葉は振えていた。嵯峨はいつものように胸のポケットからタバコを取り出すと自動的に火を付ける。