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遼州戦記 保安隊日乗 7

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「残念だ……これだけ貴重な出会いだというのに分かり合えないとは……」 
 心底残念そうに肩を落とす吉田にネネはただ黙ってその表情を見つめるだけだった。
「悪意を望む人を褒めるのはどうかと思うのですが……」 
「そうかな?悪意は一つのエネルギーだよ。それゆえに人は団結する。外惑星のネオナチ、遼北の教条主義者、西モスレムの原理主義者。彼らを動かしているのは敵意、悪意、そして憎しみだよ」 
 吉田は再び饒舌を取り戻してネネを睨み付ける。
「私はそう言う狂信者とは距離を置くのをモットーにしているもので」 
「確かにそれは賢明な発想だ。だが成功には時として彼等と共闘することを求める場面もある」 
 そう言うと得意げに吉田は背後に並ぶ画面に目をやった。瞬時にそれは何か巨大な施設を映し出す。
「何ですか? それは」 
 ネネの興味深げな反応に満足げに吉田は頷いた。
「興味があるね? 先ほど狂信者と距離を置くと言いながら……これが狂信者の作品そのものだというのに」 
「ゲルパルト辺りの秘密兵器というところか? 」 
 オンドラの当てずっぽうの問いに吉田はもったいを付けたような笑みを浮かべている。
「それであなたは何をしようというのですか? 」 
「私が望んだ訳では無いよ。狂信者はただ敵の死を望む。その様子の観察をもくろんだだけだ」 
「悪趣味だな」 
「なんとでも言いたまえ! 私は私の快楽の為に存在しているのだから」 
 背後のメカニズムの動きにネネ達の視線は釘付けになる。何度となく繰り返される惑星を狙撃する巨大砲台の映像。 
「それは『管理者』の望んだことなんですか? 」 
 静かに放たれたネネの一言。それまで満足の笑みを浮かべていた吉田の表情が崩れる。 
「『管理者』?……誰だね?それは」 
「あなたのお仲間が消された場所に必ず残っていた符号です。『管理者』……あなたはそれが誰かを知っていると思いますが? 」
「知らないな! 『管理者』? そんな存在を私は……! 」 
 そこまで言ったところで吉田の体が突然空中に撥ね飛んだ。絶え間ない痙攣を引き起こしながら地面に転がり、口からは泡を吐き始める。
「おい! ネネ! 何をした!」 
 オンドラが叫ぶのも当然だった。先ほどまで満面の笑みでネネ達と会話をしていたサイボーグはただ痙攣と骨髄反射を繰り返しながら床に転がるだけだった。
「ようやく本当の『吉田』さんが現われますよ……」 
 目の前の惨めな義体を見下ろしながらネネは静かにそう呟いた。
『本当の俺ねえ……』 
 突然部屋に響き渡った電子音声にオンドラは顔を顰めた。
「突然喋るんじゃねえよ」 
『失礼した。まあ……こっちの方がかなり手間をかけたわけだからそう謝る必要は無いか』
「そうかも知れませんね」 
 白い目でネネがオンドラを見る。
「なんだよ……アタシが無能みたいじゃないか」 
『みたいじゃなくて無能そのものだったね。君の情報調査能力……預言者ネネ。多少彼女を買いかぶりすぎていたんじゃないですか?』 
「いえ、別に買いかぶってなんていませんよ。それだけ無能だったからこそ私達はこうしてあなたに出会えたんですから。出来のいい軍や警察のハッカー連はあなたにまだたどり着いていない。だから今あなたは私の前に現れた」 
 ネネの確信を込めた言葉。オンドラは不機嫌そうに銃口をまだ痙攣している義体へ向けた。
『ああ、そいつなら好きなだけ撃ってくれ。俺としてはそんな偽物がはびこっている世の中にはうんざりしているんでね』 
 吉田の言葉が終わるまでもなくオンドラはフルオートで義体に弾丸を撃ち込んだ。痙攣が止まり地べたに血が拡がっていく。
『気が晴れたところで……まず君達が知りたいことは何なのかな? 』 
 できの悪い生徒を教える教師宜しく呟く吉田の言葉にネネは眉を潜めた。
「私の知りたいこと……最初にあなたの悪趣味が先天的なものかどうかを知りたいですね」 
『これは意外なところから話が始まるね……悪趣味……確かにそうかも知れないね。あちこちに分身の死体を残して消える……少なくとも趣味の良い存在のすることじゃない』 
「確かにな。趣味が良ければ最初から分身なんて言うものを作る必要がねえからな」 
 オンドラの言葉。吉田の感情を表すように黒く染まったモニター画面が軽く白く点滅した。
『一つの意識……そこから出発するのが人間という生命の特徴だとするならば、俺のそれは多数の視点を持つ意識集合体として出発することになったから、それを統合する必要が生じた段階で個々の異端的意識を消す必要が生じた……こう言う説明では不十分かな? 』 
「不十分ですね。まず、なぜあなたの意識が最初から分裂して多面的な視点を持つ必要が合ったのかの説明が必要になります。またその必要に妥当性があったとして、なぜ突如としてその多面的な視点が百害あって一理無い状況に至ったのか……それも説明をいただかないことには……」 
 ネネの言葉。すぐに画面が再び白く点滅する。
『預言者……その二つ名は伊達では無いんだろ? なら二つの回答の予想も付いているんじゃないかな』 
 吉田の言葉にネネは答えることもなくにんまりと笑う。
「ここにちょうど良い証人としてのオンドラがいますから……彼女に分かるように説明してください。そうしないと私も契約相手のあなたのことを心配している同僚にあなたについて説明をする自信が無いんです」 
『これは一本取られたな……じゃあ始めようか…俺が何者で何を目指しているのか……』
 満足げな吉田のつぶやき。オンドラはただ黙ってそれを聞いているだけだった。


  殺戮機械が思い出に浸るとき 25

 吉田俊平は後頭部に刺さったジャックを引き抜くと大きく息を吐いた。
「ずいぶんと……お時間がかかったようですけど……大丈夫かしら? 西園寺家……いえ、摂州コロニー群としてはかなりあなたに期待しているのですからそれに答えていただかないと困りますのよ」 
 吉田の後ろには上品そうな物腰で彼を見つめる女性の姿があった。留め袖の牡丹柄の西陣織の着物も、彼女が着れば決して派手には見えず、むしろ力不足に見えた。その特徴的なタレ目もまたその目の奥の人を引きつけるような光を押さえる役目を果たしていると考えれば不自然には見えない。
「まあ……あのお嬢さんにそれなりの手柄を取らせるのは苦労するってところでしょうかね」 
 苦笑いを浮かべながら振り返った吉田を見る女性の目が一気に殺気を帯びる。
「……要ちゃんはそんなに無能だとおっしゃりたいのかしら? 」 
「い! いえ! そう言うわけでは無いんですが……ですがワルを気取って租界に顔を利かすには役不足なのは確かかと……」 
 吉田のいい訳に着物の女性は表情を満足した様子に急変させた。そのコロコロと変わる表情に思わず吉田の額に冷や汗が流れる。
「まあ……吉田さんの人を見る基準は新ちゃんだものねえ……あの子は本当に利発で賢い子だから」 
「46でお子様扱いか……隊長もかわいそうに」 
「私に剣で勝てないうちはいつまで経っても嵯峨惟基なんて言う立派な名前は不釣り合いよ。新ちゃんで十分」