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遼州戦記 保安隊日乗 7

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 苦笑いの安城を見てそのまま岡田は端末の画面に振り返る。そしてそのままキーボードを連打し始めた。
「ただ、気になったのは金に汚い女ガンマンがなぜ莫大な成功報酬を取る一流の傭兵に興味を持ったのか……情報を依頼する相手にしちゃあ俺が見たこいつの情報収集能力は中学生並みってところだ」 
「世間知らずの金持ち? そんな知り合いがいるような人物かしら? 」 
 首をひねる安城を予想したように岡田がキーボードを叩く手を止めた。
「確か……保安隊に胡州西園寺家のご息女がいましたよね」 
「ああ、西園寺大尉ね。……! 」 
 何気ない岡田の言葉に安城の表情が急変する。その様子を読んでいたかのように岡田が満面の笑みで振り返った。
「あのお嬢様は四年前まで陸軍工作局勤務だったはず……胡州の非正規部隊の作戦行動のデータを引き出すのはかなりのリスクがありますが……」 
「あの娘……確か東都戦争に参加したって公言してたわよ」 
「これでつながった訳だ! 」 
 安城の言葉を聞いて岡田は大きく伸びをすると最後の仕上げというようにキーボードに手を伸ばす。そこには再び一般向けの大手検索サイトが目に飛び込んできた。
「こういうところはさっきの物騒なサイトと違って危ない情報には検閲が入って載らないようになっているわけですが……」 
 岡田は素早く『吉田俊平』と打ちさらに除外条件を入力して選択する。数件の情報が画面に表示される。
「この選ばれたデータ。すべてがあのオンドラが覗いたサイトだって言うんだから……」 
「吉田俊平はトラップを外して回っているの? 」 
「おそらくは……良い仲間が自分を捜しているからそれに協力しているんでしょうね……奇特な奴だ」 
 岡田は弱々しい笑みを浮かべて再び端末の画面に目を向けた。
「それにちょっと検索傾向に面白い法則がありましてね。
 そのままキーボードを叩くと画面に死体と思しき写真が映される。
「狙いは絞れないんですが……死体を、それもサイボーグ絡みの死体を捜しているような雰囲気はありますね……時期とタイミング、そして狙いがサイボーグ。無関係にしちゃあできすぎている」 
「そのオンドラと……西園寺の姫君……」 
 安城は岡田の言葉に考え事をまとめようというように親指の爪を噛む。
「東都の街中なら胡州四大公の筆頭の次期当主の看板は役に立つ……塀の向こう側ではその地位が生み出す経済的利益が注目を集める……実はあなた、最近の西園寺家の金の動きも掴んでるんじゃ無いの? 」 
 鋭い目つきが岡田に向かう。岡田は苦笑いを浮かべながら再びキーボードを叩いた。天文学的な総資産額が並ぶ帳面、そこに一財産と呼べる金額が一日で引き出されている事実が表示されていた。
「まあ確かにたいした金額だ……それでも西園寺家にしたらはした金というところですか」 
「それでもお人好しのお嬢様が仲間を助けようと引き出す額にしちゃあ十分よ。つまり彼女はあなたより先に真実にたどり着くと言う訳ね」 
 安城の言葉に頭を掻きながら岡田は頷いた。
「癪な話ですが現実はそうなりそうですね……オンドラは東都では手配中の身ですから、代理の人物が近々あのお嬢さん方と接触をするはずですよ。出来れば……その時までに吉田の身柄を抑えたいんですが……無理のようですね」 
 今にも揉み手をしそうなにやけた表情を浮かべた岡田に呆れたような笑みを浮かべて安城は立ち上がった。
「まあ報告書に必要な分だけの情報が入れば連絡するわ」 
 それだけ言い残すとそのまま安城は岡田に背を向けて部屋を出ようとした。
「助かります」 
 岡田はそれだけ言うと再びモニターに向き直った。入り口の大仰なドアが開こうとする瞬間、岡田は思い出したように首だけ入り口に向ける。
「ああ、それと……国防軍(うち)のシステムの攻性防壁の設計者の名前なんですが……偶然にも『吉田俊平』と言うそうですよ……まあ百年以上も前の話ですが……」 
「いくら義体化していても脳幹の細胞が死滅するほど昔の話ね。まあ参考程度に聞いておくわ」 
 それだけ言い残すと安城は自動ドアの向こうへと消えた。


  殺戮機械が思い出に浸るとき 24

「今更どこに行くんだーい! 」 
「何を叫んでいるんですか? 」 
 オンドラが舳先に立って叫ぶ姿を後ろからネネが窘める。二ヶ月にわたる氷結からようやく開放された北東和の海。その領海すれすれを貨物船が列を連ねるように外海へと向かう。多くは遼北からの脱出者を満載していることは容易に想像が付いた。
 遼北、西モスレム両政府は民間のネットのクラッキングが復旧したと同時に国民に平静を求めたが、核による破滅を求める過激派のもたらした恐怖と混沌はとどまることを知らなかった。オンドラもネネも、遼北の非凍結港に遼北脱出を願うそれなりに金を持った人民の群れの噂は耳にしていた。
「そうまでして生きていて価値のある世の中かねえ……」 
「死とは理解できない価値観を受け入れること。それだけの覚悟がある人は数えるほどしかいない……この現象は極めて健康な出来事だと思いますよ」 
 淡々とオンドラの愚痴に答えるネネ。背後で二人が乗っている漁船の船長がわざとらしい咳を立てる。昔から彼等東和の漁民達は遼北の人々を見下して生きてきた。それは目の前の海を彷徨う遼北の一部の成金が生きようとすることへの当てつけ以外の何者でもない。ネネは静かに目線を近くの島へと向けた。
「しかし……島には船は近づかないんですね」 
「あの外道が俺達の領土に近づいてみろ……きっと国防軍が皆殺しにしてくれるよ」 
 満足げに頷く船長。予想通りの回答にただ頷きながらネネはオンドラを見上げた。オンドラは相変わらず不機嫌だった。船長に支払った報酬は明らかに法外だった。最近は遼北の漁業巡視艇も厳しく東和の漁船の密漁の取り締まりを行っていることは二人とも知っていた。東和北部地域の漁獲量のほぼ三割は遼北の排他的経済海域での密漁に支えられていた。ネネもオンドラもそんな事実を知りながらの船長の根拠の無い遼北の民への見下すような視線と金銭への見るに堪えない卑屈な姿勢はただ不快感だけを残していた。
「六時間……で帰ってきてくれるんだね」 
 今度は金銭に土下座しかねない嫌らしい笑みが船長に浮かぶ。ネネは答えるのも面倒だというように頷く。
「いいんだよ!うるせえな!」 
 オンドラは思わずジャケットの下に手を伸ばしていた。そこには拳銃があることくらい危ない橋を金目当てに渡ってきた経験の多い船長にはすぐに理解できて、船長は苦笑いを浮かべながらそのままキャビンに消える。
「全く反吐が出る。先進国って看板を掲げた土地に生まれただけで果てしなく無能な連中は……人間の資格をすぐにでも剥奪した方がいいんじゃねえか? 」 
「その意見には同感だけど……金は力よ。彼等も落ちるところまで落ちれば自分の価値を認識できる。それまでは誰も彼等に彼等自身の価値を教えることは出来ない……ある意味それは彼等にとって不幸なことなんじゃないかしら? 」