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遼州戦記 保安隊日乗 7

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「こうして世の堅気の人々のサイトで吉田俊平と検索をかけると……当然ながらまあ会社の社長やら大学教授やらの名前が表示されることになりますよねえ。当然、あの男も東和で住民登録をして仕事をしているわけですから、何件かあの男のデータも検索に引っかかる……プロデュースした楽曲の一覧。まあ詳しい連中なら調べるまでもない話かもしれませんが」 
 岡田がキーボードを操作するとファンシーな壁紙のホームページが表示され、安城も見慣れたナンバルゲニア・シャムラード中尉の間抜け面とその隣で渋い表情を浮かべる吉田の写真が映し出された。
「だがちょっと深く探ろうとすると……」 
 そう言いながら岡田がキーボードを数回叩いた瞬間だった。室内の電源が完全に落ちた。そして同時に安城の上半身が糸が切れたマリオネットのように床に転がった。
「隊長! 」 
「……これは……効くわね」 
 倒れていたのは一瞬で、安城はゆっくりと頭を起こすと穏やかに笑いながら椅子に座り直した。
「驚かせないでくださいよ……実際これで公安のハッカーが四人廃人になったんですから」 
 膝を叩きながら苦笑いを浮かべながら安城は立ち上がる。
「それほどヤワじゃ無いわよ。一応、その流れから予想して防壁を張っといたから……でも個人的なサイトにまで……この警備網。ほとんど狂気の沙汰じゃないの」 
「まあ俺も引っかかりかけましたから……油断も隙も無いとんでもない野郎ってことだけはこれで分かりましてね。元々傭兵なんて違法な職業に就いている奴だ。まともな神経じゃないのは予想してましたが」 
 静かに岡田がキーボードを軽く操作すると部屋中のシステムが回復する。そしてそのまままじめに座り直した岡田は慣れた手つきでキーボードを叩き続けた。
「でも傭兵と言えば腕を売る仕事でしょ? 嵯峨さんが目を付けてからだって彼はいくつか仕事は請け負ってたはずよ」 
「そうなんですよ……日の当たる人間には見えなくても日陰の人間には見える独特の気配というか……空気というか……存在感。俺もこの仕事でそう言う危ない連中には出くわしてきたが大体がとんでもない自己顕示欲の塊で、その癖、妙に用心深いところがある。なら……」 
 今度は安城の隣には極彩色縁取りの画面が映し出された。映る画像は裸の女が男達に囲まれてもだえる姿、安城は表情を変えずに振り返った岡田に目を向ける。
「アングラサイト経由……でもそれこそ公安のお手の物じゃないの。こっちで調べが付くならあなたのところに話は来なかったんじゃないの? 」 
「俺も最初はそう思ったんですが……念のためってところでね。こっちの世界で吉田の痕跡をたぐったところで何もつかめないのは分かってはいたんですが……何事も試してみるもんですよ」 
 そう謎をかけると岡田は再びキーボードに向かい片隅の黒い四角をクリックした。安城が予想したとおりその筋の人間だけが入れるようなパスワードを要求する胸ばかりが強調された女のイメージが表示される。岡田は何も言わずにパスワードを入力し、画面を切り替える。
「ここから入ると……租界のシステムに侵入できるっていうメリットがありましてね」 
「租界? それは穏やかじゃないわね。でもそれこそ警察関係者なら誰でも見ているんじゃないの? 」 
「そう、警察関係者は誰もが見ている。そして警察関係者を監視する租界の連中もよく出入りするシステムというわけですよ……」 
 岡田の言葉の意味が分からずに安城はただ切り替わっていく画面を眺めていた。そして十二回目のセキュリティーを突破した辺りで岡田は画面を固定した。
 黒い背景にただ検索用の窓があるだけの質素な画面。
「ずいぶん変わったところに出たわね」 
 興味深そうに安城が身を乗り出すのを見ると岡田は静かに『吉田俊平』と入力してエンターキーを押した。
 今度は画面いっぱいに吉田俊平に関する記事が並ぶ。
「国防軍のサーバーから直接入れるデータはすべてトラップが仕掛けられているのに……見ての通りですよ」 
「まあうちの仕事は受けたくないってことでしょ。嫌われてるのよ」 
 あっさりと言う安城に岡田は苦笑いを浮かべる。
「で、それを確認するためだけに……ってなに? その顔」 
「いやあ、変わらないところもあるものだなと……」 
「余計なお世話よ。続けてちょうだい」 
 すねたように呟く安城を薄ら笑いで眺めながら岡田はキーボードを操作し続ける。
「まあそれを確認してそれだけで終わるってのも癪だったんで、三日ぐらいこの画面とにらめっこをしていましてね……そしたらあることに気づいたんです」 
 画面が切り替わる。一番上の『バリスト内戦における吉田俊平旗下の部隊の無差別殺戮行為に関する調書』と言う文字が消え、『タイタン総督暗殺犯を予想する』と言う記事に切り替わる。
「ずいぶんと物騒な話が並ぶのね……伝説の傭兵らしいというかなんというか……。でも今は同盟司法局の仕事で相当拘束されている人物についてそんなに調べて回る顧客が租界にそんなにいるのかしら? 」 
「そうなんですよ……アングラの検索サイト。元々アクセス数なんてたかが知れているはず。その順位が数日でころころと変わる……そこでアクセスしている物好きを捜したわけです」 
「全くご苦労なことね」 
 再び画面が切り替わり、文字列が並んだ。住所。しかもすべて同じ『東和共和国東都港南区港南2−12−6』と言う文字列に変わる。
「同一人物が……でもおかしくない? 港南は現在は再開発ブロックのはずだから人なんて……ダミーね」 
 安城の笑みに岡田は満足そうに頷くとそのまま住所をクリックした。すぐに画面が切り替わり、エラーが表示される。
「そう、ダミー。まあ租界の中の連中が正直に自分の身元を明かすわけがない……でもまあそこは俺にも意地がありますから……この住所でいくつか知り合いに問い合わせをしたところ……出て来たのはこの女」 
 画面に映し出されるピンクのサングラスのにやけた女の顔。そしてその隣には銃を構えて走る長い髪の女の写真が映し出された。
「物騒な写真ね……」 
「六年前……港銀行西口支店襲撃事件の実行犯の写真ですよ……フィルターをかけましたが同じ人物と出ました」 
「六年前……東都戦争の激しかった頃ね……で、身元は? 」 
 安城の言葉に岡田は力なく肩を落として上目遣いに安城を眺めた。
「相手は塀の向こう側の住人ですよ……書面の上での身元なんてわかったって意味が無いでしょ」 
 そうため息をついた後、岡田はキーボードを軽く叩く。画面の下に文章が表示される。
「周りじゃあ『オンドラ』と呼ばれているらしいですが……まあ偽名でしょ。南アフリカ製の特注義体を使用しているって触れ込みだが……」 
「南アフリカ? ギルバート・オーディナンス社は倒産したはずでしょ」 
「そう、どれも噂の範疇でしかない。まあ租界のアウトローにはらしい経歴ですよ。主に銃器を使った荒事を得意とする奴で人柄に関するデータにはどれも『金にがめつい』とある。まあ金の使い道は心得ているみたいですねえ……逮捕歴が無いですから」 
「租界じゃ金こそが正義だもの」