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遼州戦記 保安隊日乗 7

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 嵯峨の意外な反応に音声の主、吉田俊平は沈黙しなければならなくなった。
「あれだろ? 宇宙に浮いている1.5kmのあの巨大な物体。そしてお前さんが手配されるきっかけとなったインパルス砲の設計図……話がつながった訳か……。そして菱川の旦那は俺達がその破壊に成功しようがしまいが丸儲けをする仕組み作りを完了している……要はその裏付けと金のやりとりの通信記録ってところだろ? どうせ証拠じゃ使えねえよ。見たって自分がふがいなく感じるだけだ」 
『察しが良いですね。俺が見込んだ皇帝陛下だ』 
「察しが良いのは得じゃ無いよ……しなくても良い心配をするばかりだ。今回だって何も知らずに移動砲台とこんにちはすればただパイロットとして暴れりゃいいんだから。おかげで今回は俺は来ると分かっている公安連中の接待なんて言う役まわりになりそうだ」 
 卑屈な笑みを浮かべて机の上の埃を払う。司法機関の実力部隊の部隊長の隊長の机には似合わない積もった鉄粉がばらばらと部屋のタイルの上に落ちる音が響いた。そのまましばらくの沈黙が暗い部屋の中に続く。そして再び人工的な音声が始まる。
『そうなると……あの物体の破壊は難しくなりますね。神前じゃあ最悪の事態を防ぐので精一杯でしょう』 
「まあな。東和宇宙軍じゃもうすでにあれは無かったことにするつもりらしいが……俺が作った訳じゃないし、壊してくれと頼まれた訳じゃ無いからな。あれの今の持ち主のアドルフ・ヒトラーファンクラブの連中の目的は阻止するがそこから先はテメエで処分しろって言うのが俺の立場だ」 
『でもそうなると……インパルス砲搭載艦を彼等……ルドルフ・カーンのシンパですが、彼等が回収することになりますよ? 』 
 さすがに投げやりな上司に呆れたというように呟く人工音に嵯峨は満面の笑みを浮かべる。
「それこそ『そいつは俺の仕事じゃねえ』ってところだな……ああ、そう言えばあの砲台。連中は『フェンリル』とか呼んでるらしいぜ……北欧の神の体を半分食いちぎったでかい狼。インパルス砲の想定される最低出力で衛星軌道上から地球を撃つとスカンジナビア半島が半分消し飛ぶらしいからねえ……言い得て妙だ」 
『ただ……彼等が狙うのは地球ではなく……』 
 人工音の遮る声に嵯峨は頬杖をつきながら頷く。
「そんなのは馬鹿でも分かる。狙いは遼北と西モスレムの国境地帯。両者の核は現在は臨戦態勢を解除したばかりだ。突然の破壊が国境で起これば間違いなく地殻の奥の鉛のシェルターの中のミサイル基地からは佃煮にするほどの厄災があふれ出るわけだ……迷惑極まりない話だねえ……」 
 のんきに呟く嵯峨の言葉に人工音は再び沈黙した。
『口では他人事を気取るが……』 
「本心なんだけど」 
『あなたが本心を口にする? その方が不自然だ』 
 吉田の言葉に嵯峨は満足げに頷くともみ消したタバコを取り上げる。そして丁寧に先を元に戻してライターで火を付けた。
「それじゃあ俺が我等が騎士殿に期待していることもお見通しって訳だ」 
『クバルカ中佐なら上手くやりますよ』 
 あわせたような言葉に嵯峨はがっくりと肩を落とす。
「ああ、アイツの機体は今回は07式だからねえ……ホーン・オブ・ルージュの出撃はねえよ」 
『え? 』 
 人工音のあげた突然の驚きの声に嵯峨は満足げに頷く。
「我等が騎士殿とはすなわち遼南青銅騎士団団長、ナンバルゲニア・シャムラード中尉のことだ。当然副団長も協力してくれますよね? 」 
 当然のように笑みを浮かべる嵯峨。人工音は押し黙り沈黙が続く。
『あなたは……菱川と敵対しますか? 協力関係を築きますか? 』 
 主導権を握られまいと苦渋の決断を迫るように発せられる人工音。ただ苦々しげに嵯峨は臭い煙を肺に流し込む。
「それがお前さんの協力条件か……俺の答えはどっちとも言えないって奴だが……敵対できるほど俺の足下は盤石じゃねえし、無条件で協力するほどお人好しでも無い……そんな選択無意味だな」 
 あっさりと質問をかわされて再び吉田の言葉は止まった。嵯峨はただ人工音が響くのを待ちながらゆっくりとタバコをふかす。
『俺は……シャムに従いますよ……それが……』 
「おっと! 皆まで言うなよ。俺は野暮天にはなりたくねえから」 
 嵯峨はそれだけ言うと静かに端末の電源を落とした。
「これでこちらのカードは揃った……あとは俺にツキがあるかどうかだが……」 
 ちらりと部屋の脇を見る。並んでいる仏像、その一つ帝釈天の涼やかな目に嵯峨の瞳が引きつけられた。
「四日後は塀の中か……片付け……しようかねえ」 
 気が進まないというように眉をぴくりとふるわせた後、嵯峨は隊長の椅子から重い腰を持ち上げることになった。


  殺戮機械が思い出に浸るとき 23

「駄目です! 本当に困ります! 」 
 女子職員のすがりつくのを無視して安城秀美はかつての職場である東和国防軍保安部の部室を横切るように歩き続けた。周りで呆然と見守るのはかつての彼女の部下達。安城の強情さを知っている屈強な戦闘用のサイボーグ達は安城が同盟司法局に出向してから総務担当として配属になった小柄な女子職員がいくら騒いだところで安城を止められないことは分かっていたので黙ってその様子を眺めていた。
「昔の部下に挨拶するのがそんなに困ることなのかしら? 」 
 一枚の明らかに他の扉とは違う防弾措置の施された頑丈な扉の前までたどり着いた安城の一言にただ泣きそうな顔で女子職員は頭を下げる。
「大丈夫よ。私は岡田捜査官のお招きでここに居るんだから……嘘だと思うなら……ほら……」 
 安城の言葉と共に重そうな黒い扉が触れることもなく開いた。女子職員はただあっけにとられて中に入っていく安城を見送るばかりだった。
「来るとは思いましたが……新人の事務官を虐めて楽しいですか? 」 
 薄暗い室内。十畳ほどの部屋にはモニターと計器を接続するジャック、そしてサイボーグが直接ネットに接続するための装置が並んでいる。その中央には中背の禿頭の中年男が笑いながら椅子に腰掛けて慣れた調子で歩いてくる安城を眺めていた。
「ちょっとした社会勉強になったんじゃないの? 世の中いろんな人がいるんだから。それより……その様子だと何もつかめていないみたいね……上から言われてるんでしょ、吉田俊平に関するデータを揃えろって」 
 小憎たらしい笑み。かつて自分の上司として働いていたときはあまり見ることの無かった人間的な笑みに岡田は自然と苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「まあ分かったことと言えば……吉田って男が相当東和国防軍を嫌っているってことくらいですよ。公安には顔を出しましたか? 」 
「いいえ……その様子だと公安は国防軍(うち)のサーバを使って吉田の身元を洗おうとしたわね……」 
 安城の表情が厳しくなるのを見ると岡田はそのまま彼女に背を向けて自分用の端末のキーボードに手を伸ばした。目の前の画面と安城の手元の小さなモニターに大手のネット検索会社のサイトが表示される。