小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

遼州戦記 保安隊日乗 7

INDEX|36ページ/63ページ|

次のページ前のページ
 

 自分に言い聞かせるようなカウラの静かな声に気づいて周りを見た誠の目にこれまでの明るい森とは違う暗い森、針葉樹の濃い緑色が飛び込んできた。
「菰田の奴……うまくやってくれてるかねえ……」 
「何してるの? 」 
 それとなく振り返るアイシャの目に革ジャンの下のホルスターから愛用の拳銃XD40を取り出す要の姿があった。
「あれだ、相手は猛獣だからな……40S&Wじゃ力不足かねえ……カウラ! 後ろのトランクにショットガン積んであったろ! 」 
「お前は何がしたいんだ……あれは下ろした。クバルカ実働隊長からの指示だ」 
 苦笑いとともに答えるカウラに要が渋い表情をする。その姿があまりに滑稽に見えた誠が吹き出しそうになるが、要の一睨みでそのままおずおずと視線を外に向けた。
 車の速度は制限速度に落ちていた。それもそのはず、急激なクランクが次々と行く手に現われ、制限速度でも十分後輪は横滑りをするほどの状況だった。
「カウラちゃん……要ちゃんじゃないんだからもっと穏やかに行きましょうよ」 
「私は穏やかに運転しているつもりだ。ちゃんとメーターを見ろ。制限速度は守っているだろ?」
「確かにそうなんだけどねえ……もう、私の周りはどうしてこう言う面々ばかりなのかしら……誠ちゃんの苦労も分かるわ」 
「オメエが一番苦労させているように見えるがねえ……」 
 自分をなだめすかすように愚痴るアイシャに一言入れると要の表情が厳しくなった。
「おい、レンタカーが一台……この先一キロだ。連絡があった西字天神下に停まってやがる……あの馬鹿! 見つかりやがった! 」 
 おそらく自動車のGPSシステムに介入しているからだろう。瞬時にそう言った要にさすがのアイシャの表情も硬くなった。
「レンタカー……ハイカーさんかなにかだとやっかいだわね」 
 そのままアイシャは親指の爪を噛みながら続くカーブの先を睨み付けている。誠は部隊配属直後の事件が頭をよぎった。
「あのー……法術反応をたどってどこかの組織が動いているとか……」 
 心配そうな顔の誠を瞬間あきれ果てたと言う顔で要が見つめる。そして彼女は大きくため息をついた後軽く誠の左肩に手を置いた。
「あのなあ……どこの世界にレンタカーで巨大な熊の護衛付きの法術師を拉致しようって馬鹿がいるんだ? それもこの業界じゃあ使い手で知られた遼南帝国青銅騎士団団長のナンバルゲニア・シャムラード中尉だぞ? 」 
「でも暴力団とかの素人連中に実行を依頼しているとか……」 
 あまりにも屈辱的だったのでムキになって叫ぶ誠に今度は同じように呆れた顔のアイシャが助手席から顔を覗かせる。
「そんな時間があったと思う? 私達だってさっきまで知らなかった話じゃないの」 
 自分の珍しくした意思表示を完膚無きまでに叩きつぶされてぐんにゃりと俯く誠。カウラはバックミラー越しにその様子を見ながらさすがに同情を感じているのか苦笑を浮かべている。
「次のカーブを曲がれば分かることだ……それと西園寺。レンタカーの会社のデータベースにハッキングして掴んだ情報を全部話せ」 
 素早くハンドルを切りながらカウラが呟いた。その言葉の直後に針葉樹の深い森が一瞬で途切れて大きな丸裸にされた丘が目に飛び込んでくる。
「車種は小型のファミリーカー。四駆じゃ無いからそれほど本格的な装備の奴じゃ無いと思うけどなあ……」 
 今度は開き直ったように銃をホルスターから抜いてスライドを引く。
「要ちゃん……穏便に行きましょうね」 
 さすがのアイシャもこれはまずいとばかりに苦笑いを浮かべるが無情にも山の下に置かれた水色のハッチバックの車影は次第に近づいてくる。
「人気がないな……それにしても肝心のグリンは? 」 
「見えるわよ……山の頂点」 
 アイシャが指さす先に小指の先ほどの茶色い塊がじっとしているのが誠にも見えた。
「本当に馬鹿だな……丸見えだぞ」 
「菰田が交通規制の偽情報を流している……この車でも確認できるからな」 
「冒険するわね……菰田君も。うちのカラーに染まってきてるってことかしら」 
 他人事のように呟くアイシャを一瞥した後、カウラは静かに枯れ草だらけの路肩に車を停めた。目の前には人気のない空色の小型車。どうにもハイキングなどの客が好みそうなはやりの新車だった。
「馬鹿! 早く降りろ! 」 
「椅子を蹴らないでよ! 」 
 暴れる要に悲鳴を上げながら助手席からアイシャが転がり出る。素早く要は銃を構えて飛び出すとそのまま背の高い枯れ草の間の獣道の中に消えていった。
「追わないと! 要ちゃんは撃つわよ」 
「軍用義体と追いかけっこか? 無茶を言う」 
 苦笑いを浮かべてカウラはゆったりと構えつつエンジンを止めてからドアを開けた。高原の冷たい空気が車内に流れ込んできて誠は厚着をしてこなかったことを後悔した。
「それにしても冷えるわね……」 
 アイシャも運を天に任せたというようにゆっくりとそのまま要の消えていった獣道に入り込む。
「荷物は無いか……おそらく女性だな……しかも一人」 
 レンタカーの運転席を覗き込んでいるカウラ。確かに見る限り荷物のようなものは無く、運転席側のホルダーにだけジュースの空き缶が刺さっているのが誠にも確認できた。
「カウラちゃん! 早く! 」 
 叫ぶアイシャの声に思わず誠に向き直り苦笑いを浮かべるとそのままカウラは空色のレンタカーから離れて獣道へと踏み込んでいく。誠もまた仕方なくその後に続いた。
 草むらに入って誠はそこが切り開かれた山林であることに気づいた。この東都の北西に広がる森は落葉樹の森。針葉樹が広がっているのは要するに林業の為に植えられたものなのだろう。
「急いで! 」
 すでに斜面を百メートルほど先に登っているアイシャが振り返って叫ぶ。先を行くカウラは誠に苦笑いを浮かべるとそのまま確かな足取りで滑りそうな霜でぬかるむ獣道を進む。
「西園寺がいくら馬鹿でもそう簡単には撃たないだろうな」 
 自分に言い聞かせるように呟くカウラを見て、ただ誠もそのことを祈りながら正面の丘を見上げた。相変わらずぽつんと茶色い塊が視線の中央でうごめいている。
「これは確かになんだか確認したくもなりますよねえ……双眼鏡でもあれば熊だと分かって警察に通報されますよ」 
「すでにされたから私達はここにいるんだろ? まあいい、とにかく穏便に済ませることが一番だ」 
 カウラが登る速度を速める。誠はそれに息を切らせながら続いた。
 一瞬、丘の上に続く獣道の全貌があらわになる地点にたどり着いた。すでに斜面をほとんど登り切って丘にたどり着こうとしているところに黒い小さな塊が見える。
「西園寺さん……あんなところまで……」 
「まあそれが生身とサイボーグの差だ。それくらいの違いがないと採算が取れないだろ? 」 
 一瞬だけ呆れたような表情で振り返ったカウラだが、すぐに表情を引き締めて斜面を登りはじめる。先ほどまで獣道の奥にちらちら見えていたアイシャの姿ももう消えている。
「早く行かないと……」 
 焦った誠の右足が霜で緩んだ斜面をつかみ損ねた。もんどり打って顔面から泥のような獣道の土にまみれる誠。
「何やってるんだ? 」