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遼州戦記 保安隊日乗 7

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 カウラはそのまま車を大通りに飛び出させる。強引な割り込み。誠もこんなに荒い運転をするカウラは初めてだった。そのまま制限速度を軽く超えて郊外に向けてスポーツカーはひた走る。
「この前の件で警邏の巡回時間を聞いといて正解だねえ……これなら一発免停間違い無しだぜ」 
 苦虫をかみつぶした表情の要だが言葉の色は痛快極まりないと言う時のそれだった。誠はただ呆然としながらあっという間に街の半分を通過したことを知らせる市立商業の校舎を見つめていた。
「あの馬鹿のことだ……きっと見晴らしのきく高いところにいるぜ……馬鹿と煙はなんとやら……上から見えるってことは当然したからも見えるわけだ」 
「今の時期なら農作業とかしている人はいないかも知れないけど……あまり放置しているとまずいのは確かね」 
 要の言葉にアイシャはジャンバーのポケットから携帯端末を取り出す。要が目をつぶっているのは脳を直接ネットとリンクさせているから。誠は何も出来ずに通り過ぎていく景色を眺めるだけ。
『本部から各移動! 本部から各移動! 』 
「いつから本部になったんだ! キモオタ! 」 
 軽快に台詞を決めてみたらしい菰田の通信に要が叫びを上げる。思わずアイシャと誠は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
「何か掴んだのか? 」 
 運転しながらのカウラの言葉にアイシャの端末の中で冷や汗を浮かべている菰田がようやく立ち直って口元を引き締めて台詞を吐き出し始めた。
『ええ……まあ飯岡村の都道123号線の西字天神下を通過したドライバーから駐在所に何か大きな動物が尾根を歩いていたって言う通報がありまして……』 
「尾根を散歩だ? あの馬鹿! 何考えてんだ? 菰田、駐在が出るのにどれだけかかる? 」 
 要の渋い表情に今度は菰田が満面の笑みを浮かべた。
『備品管理の村田がちょうどあそこの出身で、今日は実家にいるもんですから……』 
「何でも良い! 適当なことを言って駐在を部落から出すな! 良いか? 一歩も出すなよ! 出したら……」 
 血相を変える要にすぐに菰田の自信はしぼんで跡形もなくなる。
『分かりました! なんとか足止めします……だから宜しく頼みますよ! 』 
 やけになったような叫び声と共に菰田は通信を切った。
「さっきまで警察の本部気取りだったのに……」 
 クスクス笑うアイシャを見ながらにんまりとしてそのまま腕を組んで座席にもたれかかる要。ただ誠はその周りの景色の早く変わる様に緊張を続けていた。
「さっき警邏隊の状況は把握していると言いましたけど……白バイが流していたらどうするんです? 」 
 おそるおそる呟く誠に要は満面の笑みを浮かべる。
「ああ、白バイはこの先にはいねえよ。南陽峠で族が集会を開いているという連絡が入っているはずだからねえ……忙しいんだろ」 
「要ちゃん。警察無線に割り込んで嘘の情報を流したわね……」 
 呆れるアイシャだがカウラは満足げにアクセルを踏み込む。すでに市街地は過ぎて左右の景色は目の前の東都の西に広がる山脈の足下の観光客目当ての果樹園に変わっている。
「あの馬鹿……捕まえたらただじゃおかねえ! 」 
「心配したり怒ったり……本当に要ちゃんは忙しいわねえ」 
 のんびり構えているアイシャだが誠が見る限りその表情は硬い。
 誠も聞かされてはいるがシャムは遼南内戦でのエースとして熾烈な戦場を生き抜いたタフな心臓の持ち主である。実業団の試合の際にも常に明るく元気で強豪菱川重工豊川相手にも打ち込まれる誠に明るく声をかけてくれる気さくな性格である。そんなシャムがこれだけ周りに迷惑をかけることをやるほど追い詰められている。ある意味意外に思えた。
『信じているから』 
 周りが相棒の吉田の指名手配の話を振ってもその言葉と笑顔で返してきた元気なシャムの逃避行。誰もがあまりに突然で意外に思っているのは誠も感じていた。
「でも……なんでこんなことをしたんですかね……」 
「知るか! 」 
 誠の言葉が出たとたんに要は叫んでそのまま狸寝入りを始める。
「吉田少佐の件とは無関係とは思えないけど……あの娘が突然居なくなるなんて……それ以外に何かあったとしか思えないわね」 
 アイシャの言葉にカウラも静かに頷いた。
 ギアが下げられ、エンジン音が激しく変わる。道は緩やかに登りはじめた。一応国道だというのに道も左右の歩道が消えてすっかり山道という感じに変わっている。
「でも……吉田少佐とシャムちゃん……どんな関係なのかしら? 」 
 突然のアイシャの問題提起に静かに要が目を開く。
「男女関係って訳じゃ無いよな……吉田はそれなりに名の知れた傭兵だ。甘い戦友としての友情なんてもんでも無いだろうしな……」 
 要の言葉に誠も静かに頷きながら目の前に見える白く雪を湛えた山脈を臨んだ。
「次の交差点を右だ」 
 流れていく景色を薄目を開けて眺めていたのか。要がぼそりと呟いた。
「便利ね……人間ナビ」 
「殺すぞ」 
 冷やかすアイシャに殺気を向ける要。誠はただ代わり映えのしない冬枯れの森の景色を見ながらそれを瞬時に判断する要に感心していた。
「山道になるな……路面は大丈夫か? 」 
「先週は……この辺も雪だったらしいからな。まあ速度は落としておいた方が良いな」 
 要のアドバイスにカウラはギアをさらに落としてそのまま対向車の居ない交差点を大きく右にハンドルを切る。後輪を空転させながら爆走するスポーツカー。誠はカウラのテクニックを信じて木々の根元に雪の残る山道の光景を眺めていた。
「でも……こんなに寒いところに来るなんて……」 
「あの餓鬼の故郷はもっと寒いんだ。平気なんだろ」 
 それとないアイシャの心配もまるでどうでも良いことのように要は切って捨てると窓の外にそのタレ目を向ける。森の奥深くまで見通せるのは落葉樹の葉のない木々で覆われた森だからこそ。その森の奥深くは根雪となった雪が視界の果てまで続いていた。
「こんな景色……コロニー育ちだからわくわくするわ」 
「そうか? 写真や映像で腐るほど見て飽き飽きしてたところだ」 
「そうね、要ちゃんならそうかも。その重い義体じゃあ雪の中で動き回るのは難しそうだし……それにスキーとかもしないんでしょ? 」 
「オメエもしねえじゃないか」 
「出来ないのとやらないのはまるで意味が違うわよ」 
 どうでも良いことで言い争いをする二人を見ながら誠は少しばかり安心していた。シャムの動揺はそれとして他の面々までいつもの調子は失ってはいない。これならシャムを笑顔で迎えられる。そう思うとなんだか誠はうれしくなっていた。
「神前……何か良いことでもあったのか? 」 
 バックミラーに誠の笑顔が写っていたようでカウラが笑顔で呟く。
「うちはみんなで一つのチームなんだなって」 
「みんなで一つ? よしてくれよ。こんな腐ったのと一緒にされたら迷惑だ」 
「私は腐ってはいません!」 
「いいんだよ!そんなこと!」 
 アイシャと要のやりとりはあくまでいつも通りだった。上り坂が終わり、急に道が下り始める。
「まもなくだな」