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遼州戦記 保安隊日乗 7

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 ネネはちょこまか歩きながらオンドラの背中を眺めていた。
「サイボーグが破壊される……どの義体もただじゃない。専門家じゃない初期捜査の捜査員が見ても分かるほどの高度な戦闘用のカスタムがされたものばかりって話だ……それが消えたのになんの連絡もない……一体でアサルト・モジュールが買えるような代物だ。金の計算ができないのかね」 
「それだけの無駄遣いが出来るのは政府機関と考えるのが順当な見方ですね……海外の諜報機関の諜報員の義体も混じっていたでしょう……でも数が多すぎる。東和はそれほど治安が悪いわけでも軍の力が強いわけでもない。強力な軍用義体を必要とされるような非正規作戦が展開されたのは東都戦争くらいですから……」 
 ネネの『東都戦争』という言葉にオンドラが立ち止まった。
「あの時にあの馬鹿と出会わなきゃこんなところでぐだぐだ言うことも無かったのによ! 」 
 そのまま目の前の空き缶を蹴飛ばすオンドラ。その空き缶はそのまま放物線を描いて正面の大通りに転がっていく。大型トレーラーがそれを踏みつぶし、あっという間に潰された缶を見てオンドラはにやりと笑った。
「でもおかげでお仕事がもらえたんですもの」 
「は? お仕事? ただ無駄遣い……」 
「費用が発生したのはほとんどオンドラさん絡みばかりですよ? 」
 ネネの言葉にオンドラは黙り込む。その様子を見るとネネは静かに抱えていた大きな黒いバッグを道路に置いて大きなため息をついた。
「ちょっと待っていてくださいね……」
 そう言うとネネはバッグを開けて中身をあさり始めた。
「何を始めたのやら……」 
 呆れるオンドラを無視してネネはそのまま中からビニール袋に入った小さなチップを取り出した。オンドラは驚いた表情でそれを見つめる。
「ネネ……それって証拠物件じゃないの? どうしたのよ……盗ってきたわけ? まずいよそれは……」 
「調査もしないで放ってあるんですもの。使わないと損ですわ。それに……たぶんこれは私の予想を裏付けてくれる大事な品物ですから」 
 そう言うとネネは静かに道を眺めた。オンドラはその先を見てみる。ただ続くあまり手入れの行き届いていない荒れた道。
「何か見えるのかよ……」 
「北です」 
 ネネの言うとおりその方角は北だった。オンドラは訳が分からずにただ北を見つめるネネを見下ろす。
「北に何があるんだよ……北と言えば最近遼北の避難船が何度も来港しているって話じゃないのさ。危ないよそりゃあ」 
「だから行かなければならないんですよ。答えはそこにあります」 
 ネネの力のこもった言葉にオンドラは大きくため息をついた。
「分かりましたよ……アタシはあんたの護衛、ナイトだ。地の果てまでだってついていきますよ」 
「私のじゃなくて私の持っているお金のでしょ? でもまあお願いします。もしかしたら危ないことになるかも知れませんから……」 
 一言一言確かめるように呟くネネ。その言葉に何か質問をするだけ無駄だと分かったオンドラはネネの足下のバッグに手を伸ばした。
「返してください! 」 
 慌てるネネにオンドラは笑いかける。
「いいじゃないのさ、荷物を持ってやろうって言うんだ。こんな気まぐれ滅多にないんだぜ!さあ我行かん!極北の大地へ! 」 
 軽快な足取りで歩き出すオンドラ。ネネは苦笑いを浮かべると手にしたチップをコートのポケットに押し込んでそのまま早足で歩き続けるオンドラの後をちょこまかとついていくことにした。


  殺戮機械が思い出に浸るとき 20

 ムハマド・ラディフ王の顔はただひたすらに歪んでいた。
 目の前には隻眼の金髪の男がその様子をうかがっている。それが先程まで相手をしていた地球のニュースキャスターならいい。とりあえず強気の発言を繰り返せばそれなりの歓心を引くことができる。だがその相手がゲルパルト大統領カール・シュトルベルクが相手となると話は違った。
「この条件が最低のラインじゃ……これ以上は譲れん」 
 目の前に出されたのは遼州同盟としての西モスレムの遼北国境ラインまでに厚さ十キロの緩衝地帯をもうけるという案だった。間の兼州河(けんしゅうこう)の中州を巡る今回の軍事衝突。緩衝地帯をもうけるという案は理解できないわけではない。だが彼が煽った世論はそのような妥協を許す状況には無かった。
 緩衝地帯ではなく、武装制限地域として駐留軍を駐在し続けること。せめてその程度の妥協をしてもらわなければ王の位すら危うい。ラディフの意識にはその一点ばかりがちらついていた。
「武装制限……ずいぶんと中途半端な」 
 薄ら笑いを浮かべてるシュトルベルクを見て彼の妹かあの憎らしいムジャンタ・ラスコーこと憎き保安隊の隊長、嵯峨惟基の妻だったことを思い出す。
『類は友を呼ぶとはこのことじゃわい』 
 そんな思いがさらに王の顔をゆがめた。シュトルベルグの隣に座ったアラブ連盟から派遣された宗教指導者はただシュトルベルグの説明に頷くばかりでラディフの苦悩など理解しているようには見えない。
「武装を制限することで衝突の被害を最小にとどめるというのも悪くないが……後ろに核の脅しがあれば意味はないですなあ……」
 シュトルベルグの隣に座った少し小柄のイスラム法学者はあごひげをなでながら呟く。まるで異教徒の肩を持つような言葉遣いにさらにラディフの心は荒れた。
「譲れぬものと譲れないものがある……国家というものにはそう言うものがあるのは貴殿もご存じと思うが? 」 
 絞り出したラディフの言葉にシュトルベルグが浮かべたのは冷笑だった。その様は明らかにあのラスコーとうり二つだった。
「実を取るのが国家運営の基礎。私はそう思っていますが……名に寄りすぎた国は長持ちしない。ゲルパルトの先の独裁政権。胡州の貴族制度。どちらもその運命は敵として軍を率いて戦ったあなたならご存じのはずだ」 
 皮肉だ。ラディフはシュトルベルグの意図がすぐに読めた。嵯峨は胡州軍の憲兵上がり、シュトルベルグもゲルパルト国防軍の遼南派遣軍の指揮官だったはずだ。二人ともラディフの軍と戦い、そして敗れ去った敗軍の将。そして今はこうしてラディフを苦しめて悦に入っている。
『意趣返し』
 そんな言葉が頭をよぎった。
 それが思い過ごしかも知れなくても、王として常に強権を握ってきたラディフには我慢ならない状況だった。
「それはキリスト教国の話で……」 
「なるほど……それではイスラム教国では通用しない話だと? 」 
 シュトルベルグはそのまま隣に座ったイスラム法の権威を眺める。注目され、そして笑みでラディフを包む。
「これは妥協ではなく災厄を避ける義務と考えますが……核の業火に人々が焼かれること。それこそが避けられなければならない最大の問題だと」 
 その言葉はラディフの予想と寸分違わぬものだった。所詮目の前の老人も他国の人なのだ。そう思いついたときにはラディフの隣の弟アイディードや叔父フセインの表情もシュトルベルグの意図を汲んで自分に妥協を迫るような視線を向けていることに気づいた。
「首長会に……かけてみる必要がありそうだな」 
 まさに苦渋の一言だった。