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遼州戦記 保安隊日乗 7

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 モニターの中を流れるアルファベットの下に突然日本文で同じ意味の言葉が並ぶ。部下が思わずカーンに目を向けるが、カーンはまるで関心が無いというようにそのまま骸骨を眺めていた。
「君の『管理者』への恐怖はどうでもいいんだ。私が欲しているのはただ一つ」 
『この砲台が動くかどうかだろ? でもいいのかい……せっかくの切り札だ。使うタイミングはまだこれからもあるかも知れないというのに』 
 骸骨の忠告。確かに目の前の物体の分析は正しいかも知れないとカーンは思うこともある。実際この東和宇宙軍のインパルス移動砲台の接収までにかけた費用は莫大なものだった。だが『管理者』……オリジナルの吉田俊平の消息がつかめない以上、この施設を使わずに捨てるほどカーンは寛大ではなかった。
『あなたの選択肢は確かに少ない……敵が多すぎるのは考え物だね。あのアドルフ・ヒトラーも敵を作りすぎて自滅した。確かに大衆を動かすには敵を作って彼等を攻撃する様を見せてやるのが一番手っ取り早い。強気な指導者はどんな世界でも人気者だ……』 
 皮肉のつもりだろうか。カーンの目は次第に殺気を帯びて目の前の骸骨を睨み付ける。
『怖い顔をしたところで状況は変わらないよ……要するに土壇場で菱川の総帥が日和見を決め込んでいることがあなたを焦らせているんだろ?」
 棺桶の中の義体の目が一瞬カーンを見つめたように見えたのはカーンの気のせいだった。ただその視線は天井に張り付いたまま動こうとしない。
「あなたの読み違いだね。菱川は最初からこんな状況になれば日和見を決め込むことは決めてあなたに接触をしてきたんだ。遼州同盟は確かに東和には負担が大きい……だが地球との関係をつかず離れずに保てるという意味ではそれ以上の見返りがあると言っていい。彼は同盟の運命がどう転ぼうが勝者の側に立つつもりだ……実際すでにこの施設の存在にまつわる東和宇宙軍の情報はすべて抹消済みだ。この砲台がどんな災いを招こうがすべてはゲルパルトの過激派のテロ……東和は無関係で押し通せるように準備は済ませているようだ……はめられたんだよあんたは』 
 自分が想像していた最悪の状況を丁寧に説明してみせる機械人形。カーンの苛立ちは最高潮に達する。
「すると何か……貴様はその様子をそこで黙ってみていたのか? ずいぶんなできの悪い参謀じゃないか! 」 
 思わず握りしめた拳。もしこの透明のケースに叩きつけたとしてもただ痛みを感じるのはカーンだけ。むなしい怒りにこの骸骨に表情があったらさぞ満足げな笑みを浮かべることだろうと想像している自分に腹が立ってくる。
『怒らなくてもいいじゃないか……高齢者の怒りは生産的とは言えないな。別に指を咥えてみていた訳じゃない。その抹消作業の状況はある菱川に遺恨を持つ人物のところに送付しておいた……その作業状況のファイルを最も効果的に使用してくれる才能を持つ人物のところだ……まああなたにとっては最悪の相手かも知れないが』 
「嵯峨か? 」 
 確かにあの男なら菱川重三郎という狸を狩り出す腕はある。だが目の前の機械人形に指摘されるまでもなくカーンには悪意しか持たない男だった。
「確かに嵯峨が菱川をいたぶる様は見てみたいが……我々とのつながりが露見したらどうする? 」 
『それが狙いだよ……あなたの組織は東和にも根を張っているという事実。それをあの男に見せるのは実に愉快じゃないか。自分の庭と思っていたものが実は地雷原だったというわけだ。このところあの男の動きが激しすぎたからな……多少動きづらくしてやるのもあなたの為と思ってね』 
「私のため? 」 
 カーンは思わず自分の声がうわずっているのが分かった。機械を相手になんでこのように追い詰められた気持ちにならなければならないのか。自己嫌悪が背筋を走る。
『そうだよ。この砲台が衝突を躊躇う二つの国家を遼州の地上から消し去ったとして……あなたは遼州で次の手がすぐ打てると思っているんですか? 』 
「作戦は常に電撃的に行われなければならない! 」 
『その考えがこんな状況にあなたを追い詰めたんですよ。今、砲台はあなたの手にある。それは迅速に使われなければならない。それは確かに事実だ。だがその後の混乱した遼州を予想してすでに手を回しているのは誰か? 菱川だ。現に予定されていた約170時間後のこの宙域で保安隊の演習だが実施許可が下りたそうだ……』 
 最後の言葉はカーンも初めて聞く情報だった。
「そんな……奴等の行動は同志が把握しているはずだ! 連中はそれほど情報管理に対して慎重じゃ無い! 」 
『だとしたら『管理者』の意図が働いたようだね……保安隊の演習に関する情報を別の情報にすり替えてあなたの間抜けな同志達を欺く……『管理者』にとっては簡単な話だ。で、この砲台を保安隊の馬鹿共に引き渡すかね? それとも……』 
 機械人形の指図を受けるまでも無かった。カーンの覚悟は決まっていた。


  殺戮機械が思い出に浸るとき 19

「くそったれ! 」 
「オンドラさん。下品ですよ」 
 大きなバックを抱えたネネの姿は、まるで要塞のような警察署の前では実に不釣り合いで儚(はかな)げに見えた。尖った縁の青いサングラスで隣で城塞を睨み付けているオンドラの姿も相まって通行人は思わず二人に目を向けてしまう。
 東和西部最大の都市、涼西。その遼南からの移民が多く住むスラムの警察署の前での女二人連れという姿はあまり用心の良いものでは無かった。通行人達はすぐにその視線を心配するような様子に変えるのを見てオンドラは咳払いをするとそのまま一人先だって道を港に向けて歩き始めた。
「これで破壊された軍用義体は12体。どれも所有者不明。脳は完全に破壊されて証言も取れない……さらにご丁寧に数日後には保管庫から盗まれた上に保存された資料もすべて抹消されているっていうんだ……吉田俊平って奴は相当慎重なんだねえ……」 
 吉田俊平を追ううちにネネ達は多数の軍用義体が破壊される事件を知ることとなった。しかも捜査官の証言では全員が同じ顔、吉田俊平その人の顔を持った義体だということがわかった。だがそれ以上の情報はまるで手がかりがなかった。証拠は完全に抹消され、犯人の目星どころか司法機関が捜査を開始する手がかりすら無い有様だった。
 早足で歩くオンドラに少女のような体格のネネがバッグを抱えて必死についていく。
「予想はしていたんですが……ネットを調べても無駄なわけですよ。すべての記録は改竄されて残っているのは取り調べに立ち会った人物の記憶だけ」 
「予想してた? さすが『預言者』! じゃあ次はどこで壊れたサイボーグを見つけた人物の聞き込みに行くんですか? もう東和は終わりにして遼南ですか? 大麗ですか? いっそのことベルルカンまで足を伸ばしますか? 」 
 半分キレ気味にオンドラは叫ぶ。元々が違法入国者である彼女が警察署での居心地の悪さにストレスを感じているのはネネも十分分かっていた。西園寺要からの三十万ドルはすでに半分がオンドラが東和国内で動けるための申請書類を偽造したり正規ルートでない移動手段を確保するために使われていた。そんな経費の計算もオンドラを苛立たせているのだろう。