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遼州戦記 保安隊日乗 7

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 要の言葉にカウラは大きくため息をついた。島田は体組織再生能力多可という体質の持ち主だった。これまでも何度か誠達の無謀な行動につきあわされて常人なら即死するような目に何度もあっている。だが今はこれ以上ひどい目にあわなようにとじっと要に吊るされたまま口を開いた。
「吉田の旦那と一番話をしてるのはうちではキムですよ。アイツは鉄砲オタクだから吉田の旦那とは趣味があいますから」 
「吉田のは趣味じゃなくて実用だろ? それにキムの知識といえば、どこのメーカーのバレルが長持ちするとか、狙撃用の弾薬のパウダーのメーカーをどこにしたらいいかとか……そんなことが役に立つと思うか? 」 
「いやあ、役に立つかと聞かれても……」 
 島田はとりあえず要の脅威がしばらく続きそうなのでうんざりしながら周りを見回した。いつもは人望厚い島田だがこと相手が要となると、あえて身代わりになりに来るような古参兵達は周りにはいない。新兵達は要は自分達を端から相手にしないことは分かっているのでそれぞれがやがやと雑談を続けている。
「お困りのようね! 」 
「げ……」 
 突然のハスキーな女性の声にうんざりしたような顔をする要。彼女がおそるおそる振り向くとそこには紺色の長い髪をなびかせた少佐の階級章の長身の女性隊員が満面の笑みで立っていた。
 アイシャ・クラウゼはにんまりと笑いながら近づいてくるとそのまま要を蹴飛ばした。
「なにしやがる!」 
「いきなり『げ!』ってなによ! 」 
 さすがの軍用の強化義体の持ち主の要も、遺伝子的に強化されて作られているアイシャの鋭い蹴りは効果があるようで、蹴られた肘をさすりながらアイシャを見上げる。
「それより……面白いことしてるんでしょ? 私も混ぜてよ」 
 興味津々、やる気満々のアイシャのうれしそうな視線に誠達は頭を掻いた。アイシャは運用艦『高雄』の艦長代理。階級も少佐と言うことで手に入る情報の権限は大尉のカウラや要より上に当たる。ただし、本人に本当にやる気があればの話で、こう言う場合アイシャはただ興味だけで付いてくる可能性もあるのでどうにも信用できない。
「アイシャ、止めなよ。ただでさえうちはお姉さんからの業務の引き継ぎとかで忙しいんだから……」 
 同じブリッジクルーと言うことでサラはなんとかアイシャを止めにかかろうとする。
「それならほとんど終わってるわよ。それに面白そうじゃない、謎の保安隊の改造人間の知られざる過去に迫るなんて……」 
「吉田はいつから改造人間になったんだ? 変身でもするのか? 」 
 吐き捨てるようにそう言った要だが、すでにアイシャはいつものようにあさっての方向にやる気でいる。
「とりあえず吉田さんの行方といえば……こういうときはお金の流れから見るべきね!行きましょう!」 
 早速ぼんやりとしていた誠の手を取るとそのままハンガーの05式のコックピットの前に付けられた通路を執務室のある棟に向けて歩き出す。カウラと要は慌ててそれを追いかけた。
「金の流れ? そんなもんうちでどうにかなるのか? 」 
 要の慌てた声に振り向いたアイシャはにんまりと笑う。
「うちの金の管理はどこが担当? 管理部でしょ? 経理担当は菰田君。カウラが頼めば多少の無理は……」 
 アイシャの言葉に今度はカウラが思い切り嫌な顔をした。
 経理担当主任菰田邦宏曹長。誠も大の苦手な粘着質を絵に描いた顔の古参下士官は、カウラのファンクラブ『ヒンヌー教』の教祖としてその手の趣味の隊員の絶大な支持を集めていた。よく言えばスレンダー、悪く言えば胸がないカウラの自覚している欠点を崇拝するその奇妙なカルト宗教は部隊での影響力は絶大で、誠達が生活している保安隊男子下士官寮の中では一大勢力をなしていた。
 当然のことながら勝手にそんなインチキ宗教の崇拝対象になったカウラにとっては迷惑以外の何物でもない。そんなカウラの思いとは裏腹にしつこい菰田達の布教活動で、入れ替わりが激しくなった最近の保安隊内部でも大きな勢力を維持していた。そんなカウラが顔を上げると管理室の前の廊下で満面の笑みを浮かべているアイシャがいた。
「ほら、わびしそうなカップ麺なんて食べてるわよ」 
 アイシャが指さすのは管理部のガラス張りの執務室。和気藹々と笑いあっている女子事務職員達からぽつんと離れて一人カップ麺を啜る菰田の哀れな姿が見える。
 偶然顔を上げた菰田が誠達に視線を向けた。最初にカウラを見つけて笑顔が浮かんだものの、その中に誠の姿があるのを見つけて笑顔を訂正するような不機嫌そうな表情を浮かべている菰田。
 アイシャは気にするわけでもなくそのままぐんぐんと近づいていくとそのまま管理部の部室に飛び込んだ。
「菰田君」 
 最初に話しかけてきたのがアイシャだったことで菰田の機嫌はさらに損なわれた。アイシャの詮索癖と騒動好きは周りを巻き込むだけ巻き込んでおいて自分は逃げ去るという要領の良さ。巻き込まれる可能性があると悟っただけで菰田も十分不機嫌になる。
 手にしたカップ麺を静かに机に置き。大きく深呼吸をして何ともしれない騒動を巻き起こそうとしている紺色の髪の闖入者を忌々しげに見つめる。
「なんでしょうか……クバルカ少佐。今日は鈴木中佐が出て来ているんですから引き継ぎの方を……」 
「いいのよ、そんなこと。それより……聞きたいことがあるんだけど」 
 不機嫌を突き抜けた表情。ともかく菰田の顔を見て誠はそんな感じだと確信した。ここにカウラがいなければ菰田はその場から立ち去っていただろう。偏屈な上司がこれから災難に遭うと言うことで女子職員は興味深そうに誠達を眺めている。
 カウラも菰田とは話をするのも嫌なのだが仕方なく口を開いた。
「実は吉田少佐の件なんだ」 
 その質問の核心がカウラの口から放たれたものでなければ答えなど期待できない。菰田の表情が急に和らぐ。そしてそれに比例してカウラの口元の引きつりが大きくなる。
「ああ、ベルガー大尉。吉田少佐が休んでいる件ですか?」 
「知ってるのか? テメエ!」 
 今度は菰田の襟首を要が締め上げる。すぐにカウラと誠で間に入ったから良かったものの、放っておいたら島田と同じく窒息するところだった。しかも菰田は島田と違って首を絞めたら死ぬのだからまさに危ないところだった。
 激しく咳き込み、しばらく下を向いてもだえる菰田。
「大丈夫?」 
 背中をさするアイシャを恨みがましい目で見つめる菰田。彼の予想はすでにこの時点で的中していた。カウラが少し心配そうな顔をしているのを見つけて何とか機嫌を直した菰田は自分の気を落ち着かせながら椅子に座り直した。
「知ってるも何も……休んでいるじゃないですか」 
「そりゃあ見れば分かる! そう言うことじゃなくてだ。あいつがなんで休んでいるのか知らないかって聞いてるんだよ!」 
 さすがの要も同じ間違いは起こさない。机をたたき壊さないように寸止めして軽く叩くようにして腕を振り下ろす。備品の発注伝票を処理しないで済むことを確認した菰田はしばらく思いを巡らすように首をひねる。
「なんで? そりゃあ吉田少佐にも私用があるからじゃないですか? 」