遼州戦記 保安隊日乗 7
人気がないのが幸いだと誠は思った。もしいればまた勢い込んだ要が尋問して回るかもしれない。隣を見れば呆れた顔のカウラが上官だからつきあうのだという顔をして歩いている。
「おい! 叔父貴! いるんだろ! 」
ノックと言うより破壊しない程度にドアをぶん殴る要。驚いて止めに入ろうとする誠だがすでに要は勝手にドアを開けて隊長室に入っていた。
「おい! 」
「なんだよ……聞こえてるよ。でかい声出せばいいってもんじゃねえだろ? 」
いつものように手入れの行き届かない嵯峨の七三分けの髪が書類の山の向こうから顔を出した。疲れているのか、眠いのか。半開きの目が迷惑そうに詰問を始めようとする要を眺めていた。
「じゃあそのでかい声をださせた原因は……」
「なんだ?吉田の話か? 」
誠もいつものこういうときの嵯峨の察しの良さには感心させられた。要も図星を付かれて黙り込んでいる。それを確認すると嵯峨は制服の胸のポケットからしわくちゃのタバコの箱を取り出して一本取り出す。
「こう言う季節だ……旅にでも出たくなったんじゃないの? 」
旅だ? 許可は取ったのかよ」
「そりゃあふと梅の頼りに誘われての一人旅に許可なんて野暮なものを求めるのは……」
タバコに火を付ける為に黙り込む嵯峨。だが誠が聞いても嵯峨の言っていることは十分無茶苦茶だった。
「あいつは何か? 芸術家か何かなのか? え? おい兵隊だろ?兵隊」
要の頬に怒りの引きつりが走る。また面倒なことになった。誠はそう思いながらゆっくりとタバコを吹かす嵯峨に目をやった。
「あいつがいないとお前等は何か困ることがあるのかねえ……さっきからの口ぶりだと仕事が進まなくなるような被害があるみたいな感じだけど」
「直接の被害はねえけどさあ! 突然の出動とかがあったらどうするんだよ! 」
要が右手を振り上げて殴りかかろうとするような仕草を見せる。ただそれを見慣れている嵯峨にはまるで効果がないのは確かだった。
「アイツが出るほどの事態が起きりゃあアイツの方からのこのこ出てくるよ。それにだ……」
そこまで言うと嵯峨はタバコを咥えたまま隊長の椅子から立ち上がりそのまま外に向かって顔を向けた。
「コンビを組んでるシャムが困ってないから今日まで気づかなかったんだろ? シャムがアンに施している特訓の為のシミュレーションメニュー。ちゃんとシャムの提案通りに提出されてるからアイツも文句を言うこともない。部隊の管理部のメインフレームの交換作業も渉の奴の報告じゃあ遅れが無いどころか予定より早く切り上がりそうだって……。仕事はしてるんだからどこにいようが俺の知ったことじゃねえよ」
嵯峨は静かに開いた窓の隙間からタバコの煙を吐き出す。すきま風が微かに冷たく誠達の頬をなでた。
「隊長……それは無責任じゃないですか? 」
不意に思わぬところから声があったというように嵯峨がタバコを咥えたまま振り返った。声の主はカウラ。その鋭い瞳が薄ぼんやりとした部隊長の顔を射すくめる。だが嵯峨も手練れだった。にやりと笑ってタバコをもみ消すとそのまま何事も無かったかのように椅子に座る。
「無責任? 一般的な部隊の隊員ならその言葉はまさにその通り。俺は部隊長失格だな。だが吉田は特殊な契約をしててね」
「年俸制……事があったときは歩合で割り増し。腕の立つ傭兵の契約方式か? 」
要の言葉に否定も肯定もしない嵯峨。そして目の前の書類をぺらぺらとめくり話を続ける。
「あいつは腕利きだよ。どこの組織も欲しい人材だ。うちじゃあ三日や四日自由にしていいことにしてあいつのご機嫌を取り結んで契約を結んでいるわけだ。つまりだ。お前さん等が吉田と同じ事をすると……」
「脱走で銃殺」
要の当然のように吐かれた言葉に誠の額に冷や汗が走る。
「まあそう言うことだ。俺は無駄な労力は使いたくないからな。探したいなら自分で探せよ」
突き放されたような態度で要もカウラも何も言えずにその場に立ち尽くした。嵯峨はようやく決意が付いたというように目の前の冊子の一ページ目を開いてペンを握る。
「まだ何かあるの? 」
「いいえ……失礼します」
何も言えずにカウラは踵を返す。要も誠も従うしかない雰囲気ができあがっていた。
「ああ、一言付け加えておくと……。見つけたら教えてくれると助かるんだけどね! 」
出て行こうとする誠達の背中に嵯峨の声が響く。
「おい、どうするよ」
要は扉を閉めてじっと下を向いているカウラに詰め寄る。その様子はたとえカウラが止めても自分一人で探しに出かけかねない勢いだった。
「今は勤務中だ。余計なことは考えるな」
それだけ言うとカウラは再び詰め所へと歩き始める。
「だけどあの様子だと叔父貴も吉田の旦那の行方は知らねえみたいだな……教えてくれなんて人にものを頼むのは叔父貴がすることじゃねえ」
「それが分かってどうなる? 明日は幸い非番じゃないか。明日考えればいい」
カウラはそう言うと詰め所のドアを開いた。要も誠もカウラの許可が出たことで探偵ごっこの真似事が始まると言うわくわくした感覚に包まれていた。
殺戮機械が思い出に浸るとき 2
「吉田さんが来てない? まあ特にうちは問題がないからねえ……」
弁当を掻き込みながら技術部整備班長の島田正人准尉が思い切り嫌な顔をしてつぶやいた。さすがに今日の島田に声をかけるのは誠も躊躇したが、そんなことを許す要ではない。
島田の弁当を作った保安隊唯一の運用艦『高雄』の管制官のサラ・グリファン少尉が殺意を込めた視線で誠達を睨み付けてくる。野郎ばかりの整備班の班長である島田。そんな島田の為に作ってた弁当を広げてひと時に浸る二人。そんな二人の時間を要は意図的に土足で踏みにじるつもりだ。そのいつもの興味深そうなタレ目を見れば誠も十分に分かった。
「今、第一小隊の05式の一斉点検の最中なんだけど……データ送っても速攻でレスが入ってくるからなあ。本当にいないの? 嘘でしょ」
「ならテメエのその何も見えていない目で確かめて見るか? え? 」
要はそう言うと島田の襟首を掴んで持ち上げる。長身の島田と言えど、軍用の特殊白兵戦用義体の持ち主の要の腕力に勝てるわけもない。ただされるがままにつるされる。島田は逆らうだけ無駄だとわかっているのか静かに目の前の要のタレ目に目をやる。
「だからうちじゃあ分かりませんて! 吉田さんならシャムちゃんが相棒じゃないですか! 俺達に聞くよりそっちの方が! 」
「分からねえ奴だな! そのシャムが喋らないからテメエに聞いてるんだろ? 答えろ! 」
「要ちゃん止めてよ! 」
さすがに勢い余って首を絞め始めて島田が泡を吹き出したところでサラが止めにかかった。常人ならとっくに窒息ししていたほどの時間ぎゅうぎゅうと首を絞められて一瞬白目を剥いた島田がなんとか咳をしながら我に変える。
「人をなんだと思ってるんですか? 」
「え? 死なない便利な弾避け」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 7 作家名:橋本 直