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遼州戦記 保安隊日乗 7

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遼州戦記 保安隊日乗

  殺戮機械が思い出に浸るとき 1

「なんだ? 吉田の旦那は今日もお休みかよ」 
 待機室に入って来るなりのいつも通りの辛辣な口調の西園寺要大尉の言葉で、ひどい話だが神前誠(しんぜんまこと)はようやく隣の机の島の一角がここ三日間空席だった事実に気がついた。
 要といえば自分の目で空席の存在を再確認すると先ほどの一言を言っただけで気が済んだように自分の机の上のモニターに視線を飛ばす。誠はそれを見やると再び目を主を失った部隊のシステム担当の席へと向けた。
 考えてみれば奇妙な話だった。遼州同盟司法局実働部隊、通称『保安隊』。司法実力部隊の一士官が三日間部隊に顔を見せず、そのことに新米隊員として気を遣う立場の誠が気づかなかった。誠は第二小隊、吉田は第一小隊の所属で勤務が重ならないことも多い。とは言っても人一人、しかも少佐の階級の人物が顔を見せないと言うのに誰も話題にしないことが不思議に思えた。自然と誠は彼の所属する保安隊実働部隊の小さな隊長の方へと目を向ける。
「クバルカ中佐、何か話は? 」 
 要と一緒に入ってきた誠の上司でもある第二小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉が部屋の上座の大きめの机の主に語りかけた。机の向こうには小さな、本当に小学校就学前のようにも見えるおさげ髪の少女の姿が見えた。
「あ? 話? ねーよ」 
 小さな頭が画面の後ろから飛び出す。実働部隊長クバルカ・ラン中佐。その刺々しくはあるものの幼さのようなものを感じる表情にはまるで吉田がいないことが当然だというように無関心、無感動な表情が浮かんでいた。めんどくさそうにそう言うとランはそのままキーボードを小さな手で叩きつづけている。その冷めた口調にひとたびは無関心を装っていた要が伸びをして少女を睨みつけながら叫んだ。
「いいのかよ、それで。まるで敵前逃亡じゃねえか!ここが胡州だったら銃殺だぞ! 」 
「だって胡州じゃなくて東和だよ。だから大丈夫」 
 いきり立つ要に吉田の隣の席のこれも小学生程度に見える女性士官、第一小隊で吉田とコンビを組んでいるナンバルゲニア・シャムラード中尉が答えた。その姿を見つけた要はいつものタレ目でシャムを睨み付けながら立ち上がるとつかつかと歩み寄る。見下ろす要。それに小さなシャムは負けじとじっと要を睨みつけたまま答える。
「オメエ……いつも吉田と一緒だよな? 知らねえのか? こいつがいねえわけ? 」 
 要の見下すような視線。だが一枚上なシャムは要の攻撃的な目つきを見つけると余裕を込めた笑みを浮かべながら黙って頷く。
「なんだよ。ここはなんだ? 鉄砲持ったり大砲持ったりことによっちゃあアサルト・モジュールなんて言う物騒な巨大ロボットで戦争の真似事もやったりするところなんだぞ? そこの兵隊が上官の許可も無く行方不明だ? 」 
「いつアタシが許可をしてねーって言った? 」 
 またひょいと画面の脇から顔を出すラン。そのぼんやりとした表情に誠は吹き出しかける。だがすぐにそれを要に見つかってなんとか口を押さえて項垂れた。
「じゃあ許可したのか? 」 
「してねーよ。しかもアタシの知ってる限りの連絡手段はすべてシャットアウトだ。おめーの言うようにどうやら敵前逃亡と言ってもいいかもな」 
 それだけ言うとまたランは頭を引っ込めた。要は表情一つ変えずにつぶやかれたランの言葉に今にも暴れだしそうに顔を赤らめながらこぶしを握り締めてランを睨みつける。
「はあ? マジで逃亡じゃねえか! 」 
「逃亡じゃ無いよ。連絡がつかないだけ」 
 シャムが捲し立てる要に茶々を入れた。要の高圧的な一睨みに頭を掻いてそのまま自分の端末の画面に目を移した。誠は今にもランかシャムに掴み掛りそうな様子の要を見ると思わず立ち上がって彼女を制することができるように心を決めた。しかし要は軍用義体の持ち主。そしてランもシャムも見かけによらぬ百戦錬磨の猛者だけあって、それが無駄なことだということは十分にわかるだけに、さらにどうするべきか迷いながら様子を伺うことしかできなかった。
「だからその状態を逃亡って言うんだよ! 」
 一気に捲し立てた要はようやくそこで第三小隊の面々がすでに着席している事実に気がついた。事実はそうだとしても誰もがその事実に気づいても知らないふりを装っているようにさえ見えて、誠は少しばかりいきり立つ要の肩を持つように視線を鋭い目つきの要に向けた。
「おい、楓! 」 
 今度はいつもは向けるはずの無いような笑顔で第三小隊小隊長で従妹に当たる嵯峨楓少佐に歩み寄っていく。黒髪を掻き上げながらいつもなら満面の笑みで応える楓がランを気にしながら迷惑そうに近づいてくる要を見つめていた。
「オメエは……知ってるだろ?」 
 甘い調子で声をかける要。いつもなら笑みを浮かべて答える楓だが、ここはただもじもじとして俯いてみせる。
「なんで僕が……」 
 さすがの誠もこの様子には楓に同情するしかなかった。楓はちらちらと部下の渡辺かなめ大尉とアン・ナン・パク曹長に視線をやりながら迷惑な従姉の言いがかりをはぐらかす方法を必死に考えているように見えた。
「なあ……教えてくれよ……ただとは言わないからさ。デートぐらいしてやるよ」
「本当ですか! 」 
 今度は要が自分の言葉に後悔することになった。楓の要への憧れは誠から見ても異常だった。人造人間で楓の被官になるまで番号で呼ばれていた渡辺の名前を「かなめ」としたのも彼女の愛情故である。コンプレックスに近いその愛情を誠もまた知ってはいた。らんらんと喜びに潤む瞳。そんな楓を見てじりじりと要が後ろに引き下がる。
「お姉様……僕……」 
「知らねえならなら……無理することは無いんだぞ……な? 」 
 要は助けを求めるように最初は吉田の行方のことで文句を言いたそうにしていたカウラに目をやる。しかしカウラはすでに追及するのを諦めたというように自分の端末で、誠が昨日提出した報告書の添削作業を始めていた。
 逃げることはできない。じりじりと楓が近づいてくる。
「そうだ! 叔父貴なら知ってるだろ! 神前! カウラ! 行くぞ! 」 
 急に方向転換した要に襟首を掴まれて誠は立ち上がるしかなかった。
「なんで私まで……」 
 そう言いながらカウラがモニターから視線を上げる。その先にはいかにも申し訳ないというように手を合わせるランの姿があった。そんなわけで仕方なくカウラも立ち上がる。
「それじゃあ! 」 
 颯爽と要は実働部隊の詰め所を後にした。
「隊長に聞くのか? 」 
 不服そうにつぶやくカウラを情けなさそうに見つめる要。
 保安隊隊長、嵯峨惟基特務大佐。楓の父でもある喰えない中年士官の年とは不相応に若く見える間抜けな面を思い出して誠はため息をつく。
「無駄だと思うけどな……」 
 思わず誠が呟くとギロリと要が誠を睨みつけた。
「何か言ったか? 」 
 引くに引けない。そんな視線の要を前に面と向かって文句を言う度胸は誠には無かった。
 廊下をただ一直線に要は進む。